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ジャカランダ

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Jacaranda通信

徒然なるままに昨今気になる事&疑問を持って日常を眺めて見たりとか。
2009/9/13

記憶

 
バロック音楽は、好き。
 
緑生い茂る草原や、まばゆい陽の光がところどころに差し込む森や、そんな風景と ともに思いだされる。
 
バロック音楽を聴いても、
 
カラスが鳴く 夕暮れの、秋の日本の里は、イメージされてこない。
 
なぜかは、知らないけれど、
 
記憶のどこかに その 音楽と、 その風景が ともに 残っているのだと思う。
 
それは、魂の記憶なのか、
 
それとも、育ってきた過程で、 周りから、 学び覚えた好みなのか、
 
バッハやヘンデルを聴いて、 
教会のある風景を 思い描くことはあっても、
お寺や神社や、宮の森が 浮かんでくることは・・・あまりない。
お寺や神社は、また別の 音楽とともに 心に浮かぶ。
 
音楽や、匂い、、、それは、忘れかけてる記憶を呼び戻す・・・ 魔法の杖。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2009/9/5

やっぱり最近思うけど

結婚とか、セックスとかっていうけど、男は 結局、自分の種まきをしたいだけだよね・・・。
 
撒いた種を 育ててもらう~畑とか、耕して水をやって世話してくれる誰か、、、守り番っていうのかな、を 探しているだけ。
 
で、その 畑や守り番~キーパーを 自分だけのものに しておきたい・・・・
そうしないと、せっかくの種が、、、芽を出さないかもしれないし、
芽を出しても、隣のカラスに つっつかれて やられてしまうかもしれないし、だから、キーパーが必要。
そして、そのキーパーには、よそ見をしてほしくないわけ・・・
その畑には、
他の種を撒かれたくない・・・っていうか、自分の畑っていうことにして、他の種が落ちないように~しておきたい。
キーパーによそ見をされると、自分の畑だと思ってたところに、別の種がまかれたり、芽が出たり、キーパーは、他の芽を大事にして、
自分の種から出た芽を 枯らしてしまうかもしれないからね・・・・。
 
でも、種を撒いた本人は、畑を耕したり、守ったり、、、あまり熱心にはしない。
 
とにかく、撒きたい。自分の畑を持って、それをキープしておく。
 
そして、、、、 できれば、別の あらたな 畑に、、、自分の種を撒く・・・・。 
そう、もっと もっと 自分の畑を~種を~子孫を増やしたい・・・・。
 
それが、男なんだろうな。
 
ただ、畑のキーパーだって、そこにいるだけじゃ 生きていけないから、 どうにかしなくちゃならない。
それで 種まきした人は、種をまいた後、時々、肥料を持ってきてくれるわけ。
嵐が来るかもしれないときは、風除けを建ててくれたり、日照りの時は、水を調達してきたり、
キーパーがそこからいなくならないように、、、キーパーには 時々 贈り物をするわけ。
そうしないと、自分の種を撒いたかいがないからね・・・。
 
畑側にしてみたら、同じ種類の種ばかりを撒いていたんじゃ、つまらないってこともある。
同じものを 大量に育てる利点もあるけれど、それだって、長年同じじゃ、土が悪くなるし、作物だって育たなくなる。
たまには、 休ませなくちゃならなかったり、植える作物を変える方がよかったりする。
そう、畑や畑の守り番にしてみたら、何の種が 撒かれているか、なんて 関係ない。
自分の畑で芽を出した~育った作物を 上手に育て上げることが 一番の関心ごとになるわけだし、
それは、一種類ではなくても いいんだけど、、、、それが、種まき主には、理解でいないらしい。
だから、契約をする・・・・ 
 
これは、俺の種を撒く畑・・・。 他の種はまかせちゃダメ。 育てるのもダメ。 ・・・ セックス する 相手を決め、 
その代わり、畑に必要な肥料は、ちゃんと届けるから・・・・。       ・・・経済的な契約のための、、、結婚。
 
ギブ・アンド・テイク なんだよね。 やっぱり。
 
セックスは、愛じゃないし、
結婚は、愛じゃない。
 
でも、愛あるセックスも 愛ある結婚もあり得る。
 
けれど、、、男の思惑と、女の思惑の違いを肝に銘じておかないと、、、 
畑のとり合い、種の撒きあい、畑は休むことができなかったり、十分、その畑に見合った栄養を得られなかったり、
結局、畑は枯れるし作物だってうまく育たない。
 
エンゲージリングにしても、何にしても、結局 結婚の契約は、 男が種を撒くための~土地を保留したいことが目的。
(もちろん、その畑をキープするために さまざまな 努力をすることもあるけれど、それは、愛と言うより畑のため・・どんどん種を撒くためだったりして~)
 
どうしたら、幸せな結婚生活を続けることができるか~っていう 本が、また、出されたんだけど、その著者が言ってた。
ワシントンポストの調査によると、男女(恋人や伴侶と)の関係において、 何が一番大事か_? という質問の トップ1.
男性は、セックスって答えたんだとか・・・。
コミュニケーションとか、相手をケアすることとか、そういうのではなく、「まず セックスありき!」 ・・・ つまり、 極端にいえば、
 (確かにセックスがない関係っていうのは、大事なものが抜けてるっていいたいんだろうけど、)~ トップ1 になるということは、そのことが一番大事、で、
他のことより、自分の種まき(性欲を満足させる)が最優先ってことだよね。 
 
確かに、西洋のカップルは、同じベッド(枕を並べて)で 寝られなくなったら、それは その二人の関係の“危機” なんだって聞いたことがある。
一緒に寝られない~ よりそって 抱き合って、眠れない~ セックスできない~ ってことは、その関係が 前のセックスしてたころのアフェクション
(ラブと言うより、アフェクション)を失ってきた~、関係の質が変わりつつあるってことだよね。 
嫌いになったわけじゃなくても、もう、セックスしたくない~ってこと、よくあるからね。
 
畑にしてみたら もう手一杯で 他の種なんて撒かれたくない。(同じ種の主でも) かもしれないし、
種主にしても、この畑より、別の畑に撒きたい~ この畑は、もう居心地がよくない~ ってことが あるかもしれない。
だからといって、その耕し始めた畑を 捨てるか?!というと、、、そこが問題になる。
芽が出てたら、そりゃ、誰かが、その芽を育て続けなくちゃならない・・・・  (本物の、植物の世界だって、枯れてしまう場合と雑草のように自然環境だけで
うまく育つ場合とあるだろうけど) 、、、だから、カップルは別れづらい。 
でも、芽が出てなければ、じゃあ、お互いに、 畑を探そう~ 別の種の方が、自分には育てやすそうだわ~、
となって別れることは、芽が出てるよりは、それほど難しくない。
 
そう、問題は、その畑にあたる 土とそのキーパーが、その種に向いているか_?ってこともあるんだよね。
種側は、どんな 畑でも、 撒ければいい。芽が出れば幸い!ってことで、 とにかく いろんなところに 種まきしたい。それが、男の性。
一方、畑・土とキーパー側は、自分の畑に向いている・適している種は、どれなのか、、、見極めなくちゃならない。
だから、いろんな種を試してみる~し、一方、芽が出れば、それが 何の種でも、育てられるだけの努力はする~どんな花が咲くのか、楽しみだしね。
そう、畑側は、雑多ウェルカムなんだよね、そのキーパーのキャパシティ次第ではあるけれど、一種類とは限らず、おおらかに、なんでも受け止められるわけ。
 
それに、育て始めたら、種まきしてくれなくてもいいし・・・。
 
女性が、セックスを一番に挙げないのは、そういうこともあると思う。
 
ま、難しいことは さておき、いろんな 男女関係や サーベイを見ていると、やっぱり思うよ、
 
男は種まきをしたい~& そして、自分のプロパティを決めて、名札を付けて(他の種 お断り!) 置きたい~だから 指輪で印をつける。
結婚して、守り番が勝手にいなくなったり、他の種を入れたりしないようにする~~~ってね。
 
この傾向が、いまだ顕著に 生活に表れているのって、アジアやアラブ社会かもしれない・・・ 
人間、生きていくための、生活を続ける手段ってことで、 
女性にしてみたら、 セックスしてあげる(あなたの子供を産んで育ててあげる)から、生活を保障して(食べさせて)くれ。
男性にしてみたら、 セックスさせてもらう(自分の性欲を満たし子供を産み育ててう)代わりに、働いて食べさせてやるよ。
・・・ だから、昔から、子供が産めないと、女性は離縁されたんだよね。たとえ、それが 女性側に落ち度(原因)がなくても・・・・。
 
というわけで、愛、愛、って叫んでるけど、愛と、セックスと 結婚は、別物なんだよ~、男は種まきしたいだけなんだな~って 改めて想うわけ。
 
 
2009/9/4

満月

満月は、いろんなことを 思い出させる。
 
おばあちゃんのこと、そして、お父さんの事も・・。
 
去年の夏、家族みんなで 食事行った帰り道、大きな大きな満月が出ていて・・・それをみんなで見て声をあげたりしたことも。
 
月の光って、案外、・・・・ とっても 明るい。
 
夜空の星の、それほど 邪魔にならない程度なのだけれど、しかし、 灯りを消した室内を 輝かせるくらいの明るさがある。
 
白く光る月・・・ 特に満月の光は、回りに何もなければないほど、まぶしいほどに 明るいのだ。
 
写真は、東から昇る月、午後6時15分ころ。
 
 
 
2009/9/3

この世の…人生の・・・

チョコレートと バラの花、  
赤ワインと コルビーチーズ、、、
 
会いたい人に 会えない、って 何がどう転んでも、 やっぱり 悲しい。
 
我慢という 程じゃない。。。 
忍耐ってわけでもない。。。
 
ただ、受け止めている・・・ 今 目の前にある 現実。
 
ああ、 思い切り 泣きたい。
 
どうしたら、 泣けるのですか?!
2009/8/29

夏休みの自由研究をやめさせよう

日本の学校の、、、夏休みの宿題ほど、理解に苦しむものはない・・・。
 
その中でも、特に、自由研究というものについては、親の立場になって、さらに、
どうして こんなこと・・・・?!と 嫌でしょうがない。
 
そりゃ、やりたい子は、やればいい。 
それこそ、夏休み中でなくたって、好きな時に、好きなように“自由研究”をすればいい。
それが、本来の、勉強に取り組む~研究する~実験に取り組む~何かやってみる姿というものだ。
その子がそれを学校の先生に、「こうゆうの、やってみました~見てください~!」って提出したら、
見てあげて、評価してやるなり、関心を持ってやるなり、他の生徒たちに紹介してやるなり、、、その子の
力をさらに伸ばすような 指導をしてやればいい。
 
けれど、、、自由研究を いやいや するということは、あまり プラスにはなっていない気がする。
それも、せっかく 嫌々でもやったモノに対して、 単なる宿題の提出以上の 関心も評価もされないとなれば、
やる気も失せる。
 
近年は、書店やデパートで、自由研究グッズや キット、そのための参考書とか、が出回っているし、
今朝のニュースによると、上野動物園では、自由研究のために動物園を訪れる子供たちのために 小冊子を作って協力体制をしいている・・・。
この動物園の飼育係りさんの心遣いは、とても うれしいものだと思う、自由研究であれ、なかれ、その動物のことをより詳しく、身近に
知る、良いチャンスになるわけだし、子供の宿題の苦労を知って、なんとか役にたてば、と考えてくださっているわけだから、すごいと思う。
 
が、問題は、そういうグッズや本、自由研究のための●● みたいなものが これだけ出回っているということは、それだけ
子供たちが、苦労している~別の言い方をすれば、 やりたくもないのに 何かやらなくてはならないから、仕方なく 何かをする~ことになっている・・・
という点だ。
 
本当にやる気のある子は、そんな販売されているものに 頼らなくても、何か考え尽くし、思い尽くし、やる気になるものだ。
また、インタビューの子供が正直に答えていたが、やっぱり 夏休みにギリギリになると 親に手伝ってもらったりするということ・・・。
 
手伝ってもらうのが悪いわけではない。
が、やりかけてあるものを手伝うのなら、まだしも、親だって、何をしhていいのかわからないのが、本音だろう。
だから、やっぱり 市販されている自由研究グッズに頼ることになる。
 
自由研究グッズが出ていることが悪いのでもない。
要は、、、そんなにしてまで、 その宿題をやらせる必要があるのか?!ということだ。
単に、◆昔からそうだから・・・  ◆夏休みという長い時間を利用して、何か普段できないことに取り組んでみましょう~ なんていう理由だろうと
思うのだけど、そんなんで、夏休みの宿題を出される子供はたまったもんじゃない。親だって、うれしくない。
 
夏休みという長い時間・・なのだから、だからこそ、こどもを のびのびと 宿題や勉強を気にせず、遊ばせるべきなのだ
 
もっといえば、先生方だって、二学期になって 自由研究を各児童、各生徒が 苦心して(参考書を使ったにせよ、独学にせよ、)やってきたものを
ざ~っと見るだけ、、、なんていう のは、やめてほしい。 子供が苦労した分、先生たちにだって じっくり 見てほしい。
が、先生方だって、そんな クラス何十人もの分を 時間をかけてみるような余裕は、ないだろう。
特に、日本の学校の場合は、夏休みには、 他の宿題だって、出ているんだから・・・・それらの採点や評価だって、しなくてはならないはずだから。
だとしたら、 自由研究なんて、いっそのこと、やめてしまった方がいい、と思う。
 
そう、私が言いたいのは、それ。
 
夏休み、、、自由研究がある、というだけで、 休みだ~!という 解放感は、半減する。
自由研究が 苦手(気が重い)子供ほど、それを 後回しにしがちだ。 また、他の宿題だってそうだが、やっぱり 遊びたい気持ちが先にでるだろうし、
そうなれば、宿題は後回しになる
~~~ 夏休みだから、と、塾の時間が増えたり、新たな 教室に参加したり 、そういう子も中にはいるだろうけれど、それは、各自の事情、理由で
 (行きたいか、行きたくないか) 決められているものであるから、行きたいのなら、行けばいい。
 が、だったらなおさら、学校からの宿題なんて、お荷物になるのではないだろうか。
 
もっと、自由に夏休みを使わせるべきだ
 
日本の学校は、なにかというと、 すぐに、「夏休みのうちに、一学期の復讐をして、苦手なところを克服しましょう~」と、子供に言い聞かせ、
休みを 勉強に費やすことが当たり前のようにスローガンを掲げ、社会でさえも、そうしないと いけないような風潮(塾のテレビコマーシャルなど)を
して、それをあおっている。
 
なぜ、夏休みに、思い切り 遊んではいけないのか?!
 
 
何はともあれ、、、 日本の子供は、可哀想だ。
夏休みには、 宿題があるのが、 あたりまえだと 思いこんでいる・・・。
宿題のない 休みが、存在することすら、想像しようとしない。。。
 
自由研究参考書やグッズに頼るような時代になってまで、自由研究をさせる必要がどこにあるのか_?!私にはわからない。
 
普段から、 宿題に追われ、小テストに追われている日本の子供たち。。。
夏休みは、宿題がない!(自由研究がない) と、 のびのび、自由に 過ごせる~!と 思うだけで、どれだけストレスが減るだろう~。
(教師のストレスだって 減るはずだ。 二学期の初めに、宿題のチェックに時間を取られることもなくなるし・・・)
 
頭は、フルにしておくと、一杯に・満杯になってしまう(=それ以上、入らなくて、こぼれおちる)ということを ご存じか?!
 
子供たちに、もっと 勉強させたいのなら~もっといろいろ学ばせたいのなら、 頭をからっぽ(全くのからっぽではなく、
脳が自動的に整頓をしてスペースを作るという意味)にする時間を 適度につくるべきだ。
また、 勉強から離れて、 リフレッシュする 期間を 与えるべきだ。
 
自由研究があるというだけで、 その楽しみが 半減する、夏休み・・・。
本来、夏休みは、それこそ その“長い休み”に意味がある~ 夏であるということで 田舎に帰るとか、家族で海水浴にいくとか、いろんな行事もある~のだ。
それなのに、自由研究なるものが、それを邪魔している。
それがある、というだけで、夏休みが、“楽しみ”から、厄介なもの・・・になってしまう。これは、とても、悲しいことだと思う。
 
ひらめき夏休みの宿題をなくせ!と 言いたいが、 それがダメなら、 (漢字の復讐(笑:復習)やら、計算ドリルやら、、、読書感想文やら、ホント、日本の宿題は多い!)
せめて、自由研究を なくすべきだ。 現状は、自由研究ではなく、 ~課題を選ぶのだけが、“自由”ではあるが、~ 強制研究になっているのだから・・・。
 
イヤミ蛇足:
宿題って、、、、そもそもが、 強制的なものだよね。。。
辛いね、夏休み。その上、夏休みの日数まで、また、減りつつある。 
「日本人、そんなに(授業日数)増やして、何学ぶ?!」
量より、質だよ!!! 、時間の長さより、なかみ~ 内容だよ!!!
 
 
2009/8/21

春近し。。。

街には、椿、、、、赤、白、、、うすいピンク・・・・。
 
モクレン、、、、白いのも、、ピンクっぽいのも・・・
 
木々の花が 花盛り~!!
 
子羊、、、、生まれたて。
 
 
春・・・なんだろうな~・
 
柴の緑の草地にも、小さい白い花が咲きだした。
 
 
でも、ニュージーランド人は、言うんだ、「まだまだ、春じゃないよ。。。」って。
 
 
 
☆写真は、 花より 子羊。
 
 
2009/8/16

午前二時のデート

ふと 思い出した 深夜 午前二時に 涙を流した あの日のデート。
 
 
あなたと アイスクリームをシェアして食べながら歩いたこと
突然、思い出しました。
地元でなら、絶対に しないようなことが、
回りに知っている人がいない場所でなら できる。
たとえば、機内で、あなたの方に頭をもたれかけることとか。。。
人通りも少なくて、
あてもなく ぶらぶら していただけなのに、
にわか雨だって 気にならない・・・
ホテルに戻ると魔法が解けてしまいそうで、
時計を気にしながら、それでも見ないふりをして 歩きました。
 
それは、バンコックの熱い ある夜・・・
 
ああ、愛おしい 時間
とりたてて 何をしたわけでも 何を語ったわけでもないのに
ただ ただ、一緒にいることが うれしかったのです。
 
この時が ずっと ずっと 続いたら いいのに・・・と。
濡れた髪も、Tシャツも、疲れた足も、寝不足の肌も、
静まりかえった街の吐息の中、全てが喜びでした・・・。
 
午前二時、
 
「I am not that strong...」
 
せつなそうに 苦しそうに あなたは 言いました。
 
これ以上、近づいてはいけない・・・
 
離れていられないのに、それなのに、これ以上 触れ合ってはいけない・・・
 
だから、心がちぎれ 身が引き裂かれる 想いを 振り切る 別れの時間。
 
ああ、
全てが 狂おしいほど 愛すべき 本物の想いのみで 過ごした 熱い 夜でした。
 
一瞬一瞬を 楽しんだ、せつなく 喜びあふれた 夜でした。
 
・・・ あなたと 二人だったから ・・・
 
愛しい 二度と おとずれることのない 二人だけの 時間、、、。
 
 ~~~~~~~~~~ ☆ ~~~~~~~~~~
 
 
いくつになっても 恋をします
いくつになっても 恋は喜び、恋は切なく、恋は生きるエネルギーとなります。
そして、若かったころも、やがて年をとってからも、 やはり 恋は 心を潤してくれます。
ただ、年を重ねた分だけ、すこしは 賢くなり、上手に恋心を感じ、より大切にすることができるようになった気がします。
相手を愛しく思う気持ち、 待つ せつなさ、 伝えられない もどかしさ、 会えない 寂しさ、 別れの悲しさ、
それらは、年齢に関係なく、 感情の全てが 恋する喜びなのだと 教えてくれます。
恋をしながら、そして、 愛するのです・・・。
愛すること、それは、時に、 耐えることであります。
 
なぜなら、それは、信じることだから。。。
 
若かったころは、その信じることが 足りずに、恋は恋で終わり、恋は恋で 過ぎ去って行きました。
 
今、恋する気持ちを残しながら、愛をはぐくみ、愛を感じ、愛を慈しむ・・・
 
それを教えてくれた、一緒に 耐えて、信じてくれた あなたに 心から 感謝しています・・・愛しています、今も、いつまでも・・・。
 
たとえ、、、今、傍に 一緒に いられないとしても・・・・、絆が、そこにあると 知っているから。
 
知っていることは、信じること以上の 信頼・・・。
( = 例 : なま卵を床から1mの高さから 落とすと、 卵は割れる・・・、これは、割れると信じているのではなく、割れると知っているという状態。
 つまり、信じている以上に それを信じ切っている=確信している状態は、“知っている”ということ。)
 
私があなたを愛している と あなたは知っている。
そして あなたの愛がそこにあると私は知っている。 
 
◎ 愛は、信頼、 信頼は忍耐、愛は全ての道を開く・・・そして、愛は、愛(の道)を見つける。
  [ 愛は、真実であり、喜びである。]   
 
2009/8/15

空を見て思うこと・・・ふるさとは恋しい・・・けれど・・・

しばらく前に見ていた あるテレビドラマを録画したものをしばらく前に見ていた時に出てきた言葉(セリフ)
 
親にできるのは、子供の幸せを喜んであげること、&見守ること」だと、、、。
なんとも ありがたい言葉ですね・・・
(日本にいる私の家族・親せき縁者に聞かせてやりたい!)
親のそばにいなくちゃならないなんていうプレッシャーかけられる身としては、この一言で救われる思いがします。
そして、私は、
「子供にできるのは、親に感謝すること」と思うのです。
子供を持つ身として、娘がこの年になってから思うのですが、
子育て~娘を育てる~をしているのは、別に、娘に老後の面倒を見てもらいたいとか、世話をしてもらうためではないし、彼女のやりたいことや行きたいとところなどを親の為に“変更”してもらいたい、などとはおもっていない~ やっぱり娘の、彼女のやりたいことをやって(彼女が心底、親と同居して、地元で生活したいっていうのなら、それはそれで喜びますが)楽しい~充実した彼女の好きな生活をしてほしい~と思う~願うわけです。
そりゃ、親から離れていくのは、さびしい~それに、独立していったら、顔を見せてくれるのだって、一年に一度くらいになるかもしれない~~さびしいって思うだろうけど、私の為に、彼女の人生をコントロールしたいとは、思わない。
 
だけど、親のそばにいない(親の面倒を見ない)子供は、親不孝者だ~ なんていう人々も、まだまだ 多い。
 
そばにいないからといって、親のことを思っていないわけではないし、気にしていないわけでもない・・・。
そばに(近くに住んで)いればいいってものでもないと思うのですが,
親元離れ、国まで離れている この身としては、辛いものです・・・。
 
 
 
 

 

英語メモ

南アフリカで 聞いた英語~言葉づかい、と ニュージーランドの英語、 結構 似ている。
英国系であるゆえだろうか、、、。
米国英語との違いであることは、確かだ・・・。
 
◎米国ではあまり使われない表現。
 
◇serviette  ・・・ テーブル用 紙ナプキン
 
◇savoury  ・・・ (甘くない) 一口サイズのような、簡単な食事、おつまみ。
             食前(または食後)の ちょっとした ピリッとした料理。
◇doily (doyley)  ・・・ レースなどでできた卓上の小さな敷き布、もしくは、ジャーやコップなどにかぶせる布。
 
2009/8/13

ISG 初参加

ウェリントンに来て、初めて ISG に参加した。
 
今日は、いつもより 参加者多く、36名?くらいだったらしい。
 
名前が、アルファベットのNより前の人は、セイボリー、 Nから後の人は、デザート系のものを一品持ち寄っての
フェアウェルランチョン。
 
※ savoury
 
私は、デザート系に入るので、あずき入り抹茶のパウンドケーキにした。
 
ニュージーランド人の人が、一人参加していて、彼女は、パヴロワ(パヴロバ)にクリームとフルーツをたっぷりのせたものを
提供していて、とても美味しかった。
 
それにしても、やっぱり こういう 集まりをするためには、車を止める場所、、、ターンできるようなスペース、が、家の前に
あることは重要だなあ~。
家の中の、ダイニング、リビングやサロンの広さも、もっと重要だなあ・・・。
 
うちは、仮に、10人くらい 呼べるとしても、車が、、、、。
車を止めてもらうスペースが、三台くらいしか確保できない・・・。 あとは、坂のふもとから歩いて登ってきて~となりそう・・・・。
そりゃ、あんまりだわ・・・ この急な坂、誰も 登りたくはないよね~。
 
 
 
 
 
 
 
2009/5/16

寒いせいかなあ~

面倒くさいこと が たくさん・・・・
 
別に いいんだけどさ~~~~。
 
寒いせいだか、あれこれ なんだか 気持ちが 荒んでくる気がする・・・。
 
 
でも、面倒くさいな~、 いやだな~ って思うと、そういうことが また 自分に降りかかってきたりするから、
 
ある程度、その気持ちを感じたら、 なんとか、気分を 切り替える方がいいんだよね。
 
いじいじ するも、しないも、 結局は、自分次第だからね~~~~。
 
寒いから、部屋に じ~っと 座って、窓の外を見ているせいか・・・ 
 
窓の外の、、、雲が流れていく グレイな空が 気分を 滅入らせるのか?!
 
外を見るのは、別にいいんだ・・・ 雨が降っても、風が吹いても、雲が どっちに流れても、 青空が顔を出すことだって あるんだから・・・。
 
それを、しっかり 部屋にいながらにして、眺めることができるんだから・・・。 
 
要は、 ネガティブな、、、寒い 連鎖を どこかで 断ち切らなくちゃ、ってこと。
 
「笑う門には 福来たる」ってね・・・。
 
さ~て、何かおいしいものでも食べて、 ゆっくり眠ったら・・・明日は、 (気分も) 晴れるかな~。
 
 
2009/4/9

心と脳

 心・・・・感情と 脳・・・考えること、思考が ぜんぜん 違うもの・・・別物であるって、 実感する。
 
そのうえ、こころのままに動くのを 脳が、コントロールしようと、、、思考をフル活用して感情をコントロールしようとしているのが、よくわかる・・・。
 
わかりすぎるくらいに わかる。
 
脳は、心臓や 手足と同じように、体の機能の一部であるわけで、つまり、機能しなくなる~ことが、ありえる。
 
こころも、“病気”になることはあるけれど、こころが 機能不全に陥ったとしても、それは、 脳や内臓や手足のように、その疾患を目で見ることはできないし、
治ったかどうかを 見ることもできない。
 
車に例えたら、、、脳は エンジン? いや、エンジンは、車を走らせる(ガソリンをもらって車体を動かす)から、心臓にあたるのかな・・・・。
じゃあ、脳は何だろう? 心臓がモーターのような部分だとして、脳は、エンジンの回路・配線だろうか?!
万が一、壊れても ある程度なら修理が可能だ。
けれど、
結局、タイヤを交換するとか、ガラスをはめるとか、車体(板金)を修理するなどは、できるし、その一部が壊れたままでも、車は動く。
けれども、エンジンが、壊れたら~、タイヤや車体、内装がどんなに きれいなままでも、 車はうごかないんだな・・・・。
 
では、
心は・・・?!精神は?! エンジンをかける 鍵なんだろうか?!
 
鍵を失ったら、そう、エンジンがどんなに良い状態でも、タイヤが新品で、車体もきれいであっても、鍵がなければ、エンジンはかからない。
 
へんな結論だけど、
心 と 脳は 別物なんだよね。
 
しかも、、、車のカギは、、、車に不可欠なものだけど、車から 取り外しが可能なもの・・・・。
その鍵を握っているのは、運転手!
 
人間の体の場合、、、鍵=心=精神(意識・魂)を握っているのは?! 
 
車に鍵が差し込まれて、はじめて エンジンが動き出すように、、、、
 
それは、
 
意識(魂・スピリット)・精神が 肉体に入って、初めて、 脳や内臓を統括し、動かすことができるのにちがいない。
 
脳死の場合、内臓を 移植する、、なんていうことがあるけれど、
 
まさに、それって、人間の体を 機械のように とらえているってことだよね。
車も、エンジンが動かなくなっても、その他のパーツが 良好な状態なら、そのパーツごとに バラバラにされて、再利用される・・・・。
 
なんだか、悲しい。
 
 
走り続けてきた車。。。。
 
少し休んだら、また 走り出してほしい。。。
 
そんなに フルスピードじゃなくて いいから、
少しずつ、 風を感じて、お日さまの下、 緑の空気を吸いながら、ゆっくり ゆっくり 野山を行こう・・・
 
走り続けてきた 車。。。
 
そんなに エンジンに不具合が生じていたんだろうか・・・。
 
エンジン回路が、混戦して、機能不全になっている・・・・そうだとしたら、 それって、脳死になるのかなあ・・・
 
モーターは動いても、、、エンジンはかかっても、車を車として機能させられない・・・それが、エンジンが壊れたっていうこと・・・?!
 
それって、心臓は動いていても、脳が機能していないってこと?!
 
感情で 泣きたくても、
脳が、 それを ストップさせている・・・。
 
 「人間の 感情・気持ちは、どこが コントロールしてるの?」 ・・・ それは、脳だよ、なんていう人がいるけど、それは、違う。
感情は、脳で 作りだされるものでも、感じられるものでもない。
けれど、感情は、脳の思考によって、コントロールされることが多い・・・・ 特に 大人になるにしたがって・・・・。
 
そういう意味では、脳は 感情を コントロールしているけれど、脳が、感情を生み出す場ではないのだ。。。
 
・・・・・
ああ、 心は鳴いている。
なのに、いろいろ 日常生活に合わせて、 ”考える”自分が、悲しい・・・・。 泣きたくても、泣けないほどに、切ない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2009/3/8

本日、風あれど、快晴なり!

朝から、晴れ!
多少、風はあるけれど、気温も 高め、蝉も鳴いてる よい天気。
 
時折、風が強く吹くと、木々の葉のこすれる音が ばたばた~と 聞こえる。
 
おかまいなしに、蝉は、なきつづける・・・、もう、夏も終わりなんだから~。
 
青い湾と 蒼い 向こう岸の山々、 白い雲は ゆっくり 浮かんでいる。
 
こんな晴れてる気持のよい日は、家にいるのが もったいない!
 
せめて、テラスで お茶でも飲みたい。
 
今朝は、ブランチに サンドイッチ三種類作ったりして、いつもより がんばってしまったので、
今になって、疲れている・・・。
 
でも、このまま だらだらしてるのも いやだなあ~。
 
窓の外を見るたびに、外に出たくなる。
 
そんな、貴重な 美しい晴れ快晴の日である。
 
2009/3/3

笑顔

娘を怒らせてしまった、というか、傷つけてしまったのだ。
 
彼女の怒りは、解けるだろうか?
 
子供のご機嫌をとるつもりはない、
 
けれど、
明らかに、
私が、彼女の気持ちを傷つけたことで、
今朝になっても、彼女が、怒っている・不機嫌であるのは、私のせいだ。。。
 
もう、高校生。
小さい子とは違うから、適当に親が 親子関係に支配権(子供が小さいと、雰囲気的に、親は有利。)をもっているわけではない。
子供である 彼女に対して、いろいろ注意したいこともあるし、気になることもあるし、
うるさいと思われるだろうけれど、言わなくちゃならないこともある。
けれど、
相手の気持ちを傷つけてしまう・・・言動は、別だ。
 
そういうことは、わかっていたはずなのに・・・。
 
何が、辛いって、
 
娘が笑わないこと。
 
私に対して 怒っているとか、何か抵抗しているとか、、、それは わかるのだけど、
 
娘の笑顔が 見れないのは、とても せつない。
 
ついつい
余計なことを言ったり、勘ぐったりして、 あの子の気持ちに 水を刺してしまう・・・
 
それに、こちらの 不機嫌な気持ちを そのまま あの子に ぶつけてしまうこともある。
 
昨夜は、「おやすみ」の一言が言えなかった・・・。
 
ごめんね。
 
ママは、もっと 大人にならなきゃね・・・・。
 
口喧嘩したり、不機嫌になったりしても、夜寝るときは、仲直りをしよう、、、 そう思ってきたのに、、、、。
 
 
険悪な雰囲気が伝っていたにもかかわらず、
少ししてから、
 
「おやすみなさい」
って 言ってくれた一言に、
「おやすみ」
と、返さなかっただけで、
こんなに つらい気持ちになっている。。。
 
元気に学校から帰ってきてくれれば、、、まあ、それだけでも いいか~ 
あまり 欲張ってもいけない。。。
 
そう思いつつ、
元気に「ただいま~」と 声をかけてくれるのを願っている。
 
2009/2/20

霧の中・・・。

今日は、朝から雨。
でも、昼過ぎには、小雨~曇りとなった。
けれど、丘の上にある我が家からの 景色、、、丘の向こうは、霧の中。
 
真夏のはずなのに、長そでをきて、ヒーターをつける。
一応、今日の最高気温は22度という天気予報だったけれど、
そこまで 上がらなかった気がする。
 
明日は、Cuba street Carnival . 
昼間から、計36時間 の お祭りで、
ストリートパフォーマンスや、世界各国の料理店が並ぶ キューバストリートならではの、雰囲気があるのだろう。
仮装の夜のパレードは、九時ころから Courtenay Place  から スタートするらしい。
年に一度の、、ウェリントンの最大イベント らしい。 
 
さ~て、明日は晴れるかなあ~。
 
 
2009/2/19

自分に腹が立つとき・・・

なぜ、、、思った通りの 時間運びができないんだろう~って いつも イライラする。
 
早く 食事の仕度を始めたのに、結局、夕食を食べるのは、前の晩と 15分しか違わない…時間になった。
45分は早くなる予定~だったのに。 
 
お弁当のメニュー、朝食のおかず、 両方、単純なものだから、今日は 簡単で、早くできる、と思ってたのに、
結局いつもより遅くなったりした。 作り始めたのが 遅かったわけじゃない、のろのろ手作業が遅かったわけでもない。
 
つまり__??? 要領が悪いってこと?! 
 
え__???(そう 思いたくはない) 
だって、 毎朝・毎晩やってることで、 対して新しいことなんてしないのに、要領がつかめてないってことは、考えたくない。
 
それに もっと イライラするのは、結局 後かt付は 私たするってこと・・・・。
だから、なるべく タイディに調理したいし、片づけやすくなるように考えて 食器を使ったりしているはずなのに、
家族の朝食を作り、食べさせ、お弁当を作り、出かけたあと、 煩雑な台所に残るのは私。。。
自分はそれを食べないのに どうして こんな苦労を朝からしなくちゃならないの?・って 思う。。。
 
コーンフレークとオレンジとか、トーストにチーズ、ジャム、ハムとか、 どうして、そんなメニューじゃ だめなわけ?!
ご飯・・・お米が食べたいって・・・?!
野菜をたくさん食べたいって・・・?!
そう言われれば、仕方がない、、、作るよ、作れないわけじゃない、って思うけど、 手間も時間もかかる上に、 私自身はそれらを食べたいわけじゃないんだ・・・・
こういう労力を使うときは、とっても ストレスがたまる・・・。
日本にいる時とわけがちがうんだから、 朝食だって、 米飯用に考えて作るのは、面倒くさいんだよ。
適当な大きさの鮭の切り身が店に売ってるわけじゃないんだから・・・・。
シシャモや鯵の開きだって ないし、新鮮な豆腐だって、ないんだよ。
スクランブルエッグにソーセージとか、ベーコン&目玉焼きとか、 毎回同じゃ 飽きるだろう・・・と思ってしまう日本人の舌の感覚・・・が恨めしい。
 
朝食をうまく時間どおりに作れない(和食が面倒だと)のを人のせいにしてるけど、
本当は、それもこれも、含めて、今日は“面倒くさくない”調理メニューだったはずなのに、時間がかかったことに、腹が立つんだよね。
自分で 自分の考えてたとおりに 事が運ばなかったことに 腹が立つんだよ・・・。
計画通り、自分の期待通りに 完璧に 事が運ばないのは、とっても 腹が立つ。
だから、
もともと 私は物事に 期待しないことにしている。 期待っていうか、自分で自分を 追い込まないために、たとえば 家事だって、完璧にはできないって
自分は手抜きなんだって、初めからそういうことにしている。
そうじゃないと、とてもじゃないけど 疲れてしまうから・・・。
すべての部屋を毎日きれいに 掃除して、選択をして~~~^なんて、家事が大好きな人なら 苦にjはならないのかもしれないえkど、私はそうじゃない。
できるってのと、好きってのとは、違うんだ。
できないことは ないけど、決して、好きじゃないんだ。
だから、好きなら頑張ろうとか、努力しようとか、工夫しようとか、いろいろ ポジティブに たとえ時間が何時間かかろうとも家事をして 満足していられるだろうけど、
私は、違う・・・。 家事は、好きいじゃない。 嫌いってほどじゃないけど、「やらなきゃいけないから」やってるだけ。
やらずにすむなら、したくない。
そんな自分が完ぺきさを求め始めたら、自分に腹が立って仕方がないって 判ってる。
それこそ、自分が 予定通り働いているときに、電話がかかってきて 10分中断したり、予定が狂ったりするだけで、気分が落ち込むんだから・・・。
フレキシブル、臨機応変、柔軟に対応、、、そして、過度な期待はせず、ストレスを溜めないこと、、、を モットーに、家事をするわけだ。
 
なのに、、、
今日みたいに、いや、昨夜も そうだったから、 今朝のことが余計に覆いかぶさってきたのだけど、
どうして こんな 単純な食事の支度なのに、 こんなに時間がかかって、こんな台所のあり様なの?って 自分が嫌でたまらない。
 
パプリカを蒸し、コーンを蒸し、
いんげんを茹で、白菜を茹で、
ソーセージを茹で、
マッシュルームを刻み、パセリと合わせて 卵焼きを作る…
オレンジを切る。
おにぎりを握る・・・。
ルイボス茶を冷やして水筒に入れる。
 
こんな単純な調理だったのに・・・・。
自己嫌悪・・・。
 
昨日の夜だって、
マッスル(mussel =ムラサキイガイ)を 洗って、酒蒸しして、
スイートポテトを、バターとブラウンシュガーと水で ソテーして、
大根、白菜、ブラウンマッシュルーム、玉ねぎ、ハム、のクリーム煮を作って、、、
準備万端のはずだったのに、
最後に、
ポテトにシェリー酒をたらして、ちょっと加熱して、
貝(マッスル)の殻を半分とって、並べて、にんにくとオリーブ油とパセリと白ワインで 軽くソテーして仕上げた、、、
これだけで 予定が大幅に狂ってしまった・・・。
時計をみたら、泣きたくなったよ。
ご飯は かなりまえに炊けているのに。。。
 
その上、今朝のことがあったから、
なぜ、時間どおりにできる、、と踏んで(計画して) スタートするのに、
こんなに時間がかかるの?!・・・・ と、泣きたくなった。
家族はでかけ、暗い気分で 家に残る私。
テレビの音声が うるさい。
いつもは、 音がないとさびしい~なんて思うのに、こういうときはムカつく。
携帯電話が鳴る、 メッセージの着信音。
しばらく前から、メッセージが着信したというメッセージが画面に出てこないから、わざわざ
メッセージ機能へアクセスしないと メッセージも読めないし、返事も打てない。
イライラする。
返信しようとしていたけど、
「なんで こんなに めんどうくさいの?!」 と携帯電話をソファに向かって投げつけた。
 
コーヒーさえも 飲みたくない。
自己嫌悪
 
そrでも、家事は やらなくちゃならない。
 
ベッドメーキング、
洗濯物、 ・・・今日は、 デリケート衣類を 洗おうと思っていたんだ。
台所に戻って、
いやいや・・・ 後片付け。
 
先日のブログに書いたあと、昨日も、一昨日も、予定通り家事は終わって、10時には、コーヒーを手にしてて、パソコンを開くことができていた。
今日は、気分がイライラしている&暗いから、 コーヒータイムなんて 気分じゃないし。
家族のあとで (片づけ前に)一人で朝食を食べるのだけど、 それさえも、自分のために何かをする気になれない。
いっそ、お皿でも 壁に投げつけたかったけど、それを 片付けるのは、私なんだ・・・って解ってるから、それは、しない。 したくても、できない。
だって、そんな 後片付けをするのは、余計に惨めっていうか、嫌だもん。
 
メールの返事が気になりながら、食器を洗い、流し台をきれいにして、
床の掃除をし、
洗濯物を干して、
コーヒーの代わりに、 冷蔵庫に眠っていた アイス・ティ を飲んだ。
 
今日のカードを引く
「 I can rely and depend on my inner strength. 」
 
yeah,   I need that !  と心の中でつぶやく。
 
腹が立つのは、おさまってきた、、、、
結局、 すべては、 自分次第なんだ、って 判ってる。
こんなに 予定通りにいかない日は、
「だらだら ごろごろ する日!」 と自分で決めればいい。
そしたら、時間が 気になっても、自分を責めることもない。
 
それでも やっぱり なんとなく 午前中が 無駄に終わってしまった気がする。
 
それは、予定通りに、、、自分の好きな=予定通りに、事を 運べなかったから・・・・
毎日、 “するつもり”のことが できずに 時間が過ぎてしまったから・・・・。
 
こんな 自分の性格をもてあまして、また、イライラするんだ。
 
結局は、そんな自分をどう捉えるか、自分次第なんだけどね。
 
あ~あ、今日は、 家事が“予定通り” 10時過ぎに終わったら、シャワーを浴びる予定だったのに、
もう、正午近い。
 
自分の時間= 自分ひとりで 自分のために使える時間= が どんどん 過ぎる・・・・。
 
今日、午後は、オレンジケーキも焼きたかったけれど、
このままだと、時間もなさそう。
 
さて、せっかく片づけた台所を 汚したくないし、(=使えば、きれいにしなくてはならない。できるだけ、昼は、パスしたい。
台所に立つ&キレイにするなんて、一日 朝と夜の二回で充分。だから、昼ごはんは、できるだけ まな板も火も使いたくない。)、時間もないから、
ランチは 食べないことにして、シャワーを浴びることにしようか。
 
あと二分で 正午・・・。
ああ、、気分がイライラしたり、落ち込んだりすると、結局、物事が滞るから、自分のネガティブな気持ちから うだうだするのを やめて、
たとえ ちょっとイライラしても気分を買えればいいんだけど、自分自身に腹が立つ時は、それが うまくいかない・・・。
 
自分に腹が立つときの、、、、自分のなだめ方、ポジティブに気分転換する方法、、、なんとか しなくちゃ。。。。と、ため息をつく・・・。
 
2009/2/16

こんなの、、、、私じゃない~

 
新しい土地の、新しい家に 引っ越して、、、家具も揃って、娘も学校に行きはじめ、荷物もなんとなく片付いて、ようやく 日常のルーティーンが
決まってきたような~そう、やっと落ち着いたと 思ったこの週明け。
 
家族を見送り、自分の朝ごはんを食べて、家事をして、ようやく ホッと 一息~コーヒーでも飲もうかなと思ったら、もう11時だった。
 
こんなの、、、、自分で自分が許せない! っていうか、これは、私らしい 時間じゃない! 
そりゃ、時間がかかったのは、自分のせいだけど、いくらなんでも 11時は遅い! 
朝のコーヒーは、やっぱり10時半には 飲まなくちゃ~! これが、私の時間!
 
ってことで、明日からは、時間短縮に努めつつ、家事の割り振り ( 毎日、すべてをすることないよね。今日だって、全部はやってない。
いろいろ手間がかかるだけ。。。)=つまり、うまく手を抜くようにし、10時半には コーヒーを飲みながらパソコンに向かえるようにしたいと
思います。
 
ちなみに、今、ニュージーランド、ウェリントンにいます。
2008/10/8

世界の警察

 
今朝は、ノーベル物理学賞を日本人三名が受賞~!のニュースがトップを切ったが、 連日のように、
「アメリカに端を発した 世界の金融危機~」 というような、“アメリカで始まった~” という枕詞がつく 景気不安のニュースが続いていた。
~~~ 今も、テレビにトップで流れないとしても、影響が続いるのは、明らかだろう・・・ ~~~
 
で、この類のニュース紹介を聞くたびに 思うのだ・・・
アメリカは、「世界の警察」を自称自認していたけれど、今の世界情勢じゃあ、、、 警察どころか、積み木崩しだなあ~って・・・。
いや、
違うかも、、 積み木崩しっていうのは、積み木を崩す子供を育てた “親”がいたのであって、今回のアメリカの場合は、崩す子供を育てたのも、
実は、自らのアメリカ的モノの考え方・・・、価値観~経済・資本主義、民主主義、物質の豊かさを追求する、競争社会~ ではなかったか?!
とすれば、世界の、、、積み木崩しを自作自演でいっている~ということか?!
しかも、崩された土壌に乗っかっていた 世界各国は大変だ~。
自作自演のはずが、いつのまにか 大道具・小道具その他諸々、みんなで舞台を作り、そこに上がっていたわけだ・・・。
まあ、でも、 世界の警察、、、という 呼び方に 似あっていないことだけは、確かだろうなあ。
では、
世界の警察 転じて、 世界の“駄々っ子” っていうのは、どうだろう?!  
駄々っ子が泣くと、親は振り回される・・・。 
放っておくと どうなるかわからないので、必死にご機嫌をとろうとする・・・。
なだめすかして、泣きやませようと必死になる。
子供が自暴自棄になって “立ち上がれなく”なったら、大変だからだ。
せめて、自分の足で歩いてもらわなくては、親は、大きな駄々っ子を 抱っこして 歩き続けるわけにはいかない・・・。
わがままで どうしようもない 子・・・。
だけど、放っておけない。。。
 
機嫌よく、遊んでいる時は、賢くも見え、明るく、元気いっぱいの希望に満ちた “フロンティア”精神旺盛な、“優等生”で、
多少は、傲慢な いばりんぼのところがあるとはいえ、隣近所の 他の子の面倒もちゃんと見るような優しい子だったはずなのに~。
 
どこで 何を どう間違ったのか、、、 駄々をこね始めてしまった。。。
もっと 厳しく しつけるところは 躾けなくてはならなかったのではないか?!
親の中には、そんな気持ちも ふつふつとわきあがる。。。
でも、とりあえず、今は、泣きやませないことには、、、先に進めない。 
この子を置いて行くわけにはいかない・・・。
 
今の、世界は、そんなところだろう~。
 
世界の警察 転じて、 世界の駄々っ子・・・ 
その陰には、、、 世界の警察が、もっと 異文化(宗教)に理解のある、心豊かな、隣人を公平に愛する警察だったら、世の中も少しは違っていただろうという反省点も
あるように思われる。 自分のいいなりにばかり 世界を(親を)動かそうとせず、 親の立場を理解しようと・・・・(まあ、子供を育て・躾けるのは親の役目だが。)
いう目線の持てる警察であったなら、、、 もう少しは丸い世界になっていたかもしれない・・・。
駄々っ子を育ててしまった 親(世界)も、子供・警察のいいなりになるばかりが 良い世界なのではないと、ようやく気付き始めただろう、と思いたい・・・。ひらめき
 
 
 
2008/10/3

会いたい人

会いたい人には、、、会いたいんだよ・・・・。
 
ときどき ふっと 心の 奥そこから、 その 恋しさが 浮上してくる・・・。
 
あきらめているわけではない・・・
 
けれど、もがいているわけでもない・・・
 
現状を受け止めている、、、 自分に そう言い聞かせる。
 
でも、
会いたい人には、 やっぱり 会いたいなあ、、、、そういう気持ちが強くなることだって、あるんだよ。
 
2008/10/2

家族って・・・・。

みんな 二言目には、 
家族が大事、とか、家族の絆の大切さ、とか、口にするくせに、、、
その家族が一緒にいることを はばもうとする~むずかしくする~、別々にいてもあたりまえのような風潮 が 大手を振ってまかり通っている。
そりゃ、子供は成長して いつかは、親元を離れていく・・・。
夫婦だって、四六時中一緒というわけにはいかない。
仕事次第では、(仕事=家族を養うためなら、なおさらのこと)、
離れている時間が長いこともある。
兄弟だって、大人になれば、それぞれの生活・家庭を持ち、
顔を合わせることが、少なくなることだってある。
家族と言っても、(前にも書いたが、)血のつながりのみのことを言うわけではない。 
生みの親も、育ての親も、養子縁組であろうと、内縁であろうと、どんな形をしていようとも、、、家族だと思えば、それが家族だ。
そう、それと同時に、
家族だから、ぜったい、ずっと 一緒にいなくてはならない、というわけでもないし、家族であっても、別々に暮らすことは、今に始まったことではない。上にも書いた通り、一緒にいられることもあれば、そうでないことも大いにあり得るわけだ。
私だって、大方の親戚の予想(期待?)をよそに、家を継がずに(男兄弟がいなかったから婿をとって実家に残るというのが、昔ながらの考え方でしょう…ふつうは。)実家を離れて、暮らしている。
妹だって、別の苗字になったし、父は、15代続いた我が家も、自分の代で“この家”は終わりだと思っているようだ。 それはそれでいい。
私は、私なりに、先祖の供養もしていくつもりだし、親や家を忘れているわけでもないし・・・。
両親は、年老いてきて、娘たちが傍にいないことを多少、(以前に比べて)さびしいと感じることが増えてきたようだが、仮に、私や妹が実家近くに住んでいるとしても、それが“良い”とも限らないことを知っている。
そう、一緒にいたはずの“家族”の面々が、いつのまにか別々に暮らすようになることは、家族にとって、ある意味、自然な流れともいえる。
でも、だからこそ、みんな、家族が一緒にいられる“その時間”を大事にするんだと思う。
子供が巣立つ前は、なおさら、、、子供が幼ければ幼いほど、安心感の持てる家庭が、その生活・人生が保護される場所であり、生きていくための糧を得る精神の基礎となるはずだ。
それが、各々、生きていく上で、かけがえのない大切な“人間関係”を育む場であり、愛を慈しみ覚える場所だと思うから・・・。
 
しかし、、、現代社会を見渡すと、、、
“仕事”という(各自、さまざまな) 理由で、家に帰らない大人とか、
( 家に、帰りたくない、・・・とか、)
学校から帰り、さらに夕方は、塾に通い、親と会話をする時間もない子供とか、とかく家庭内での会話、顔を合わせる時間などが、どんどん減る~減っても当たり前のような 状況があちらこちらに 伺える。

 それどころか、親の転勤の際に、「子供の人生は、親ものじゃない」という子供(小学生)が増えているという・・・。
特に女の子は、きついらしい。(父親に冷たいことを言う。)
これには驚きだ。
そりゃ、子供の人生は、親ものではない。 確かにそうだ。
けれど、、、 そういうセリフを親に向かって口にする子供って、いったい、どのような親子関係で 育てられてきたのだろう?!と 疑問に思うのだ。 
そして、それを「しょうがない」として、単身赴任になるケースが少なくないとも聞く。
もちろん、赴任先の事情で、家族を同行できない、というのなら仕方がない。または、このご時世、学年が上がれば上がるほど転校すると不利になる(受験等)とか、“子供がおかれる状態”を考えて、子供が転校せずにすむように計らう家族もいるだろう。
しかし、“家族は、できれば一緒にいて、支え合う、助け合うもの”
(仮に離れ離れで遠くにいても、精神的に助け合うことはできるが・・)と考える私としては、
「お父さんの仕事の勝手な都合で私がなんで転校しなくちゃならないの?」などという子供の、、、その神経がわからない・・・。
“転校したくないけど、お父さんと一緒にみんなで暮らそう”とは、思えないのだろうか・・・。
どうせ、、、いつか、親元を離れていくのだから、それまでの間…一緒にいる時間を大事にしたい、、、それは、そんなに不思議な考えだろうか?!
 
とはいえ、家族の思惑だけではなく、社会の~景気など~状況変化により、稼ぎ手の移動に同行しづらいような事情もどんどん増えている。
それもこれも、“お金がかかるから” というような理由が多いのだが、利益のために、または、金銭の節約のために、目に見えない大事なものをどれほど失ってきたか、、、それでも、まだ足りないというのだろうか?! 
たとえば、親が、、、多少の苦労をしても、子供には豊かな暮らしをさせたいとか、お金に困らせるようなことはさせたくない、、、と考えるのは、ある程度、愛情の表現だろう。また、愛する者を喜ばせたいとか、楽しませたい、という思いやりの現れだろう。
だから、この貨幣経済の世の中、なにかにつけお金がかかることは、必至であり、それゆえ だれもが 一生懸命、(単身赴任であれ、夜遅くの帰宅であれ、)働いて、少しでも多く稼ごうとするのだろう。
 
ただ、、、お金が大事、、、お金が必要、、、これは、解っているとしても、そのお金を大事にするあまり、家族が一緒にいる時間や場所を得にくくしている構造が今の社会にある。
無駄遣いはいけない。
しかし、合理化、節約、利益・・・そのために、家族が、一緒にすごしづらいとしたら、それは、悲しいことだと思う。
それは、家族の絆が大事だといいながら、家族が一緒にいることが一番だといいながら、社会では本末転倒のシステムのまま、動いているということに他ならない。
それでは、家族の崩壊は、内からというより外から、“家族が大事”と口々に叫ぶ人々が属している社会(家庭の集まり)からの圧力によって、本来なら家族仲良く暮らせる社会を守るはずのその“社会”的風潮価値観が、基礎となる“家族”円満な家庭のあり様を壊そうとしているといえるのではないだろうか。
いろんなところで いろんなものが つながっている・・・。
「アメリカがくしゃみをするとイギリスが風邪をひく」
 (英国ではなく、日本とも、言える…?!)、
同じように、全然関係ないと思っているような社会現象が、まわりまわって、家族という単位、その絆、人のつながりの基礎になるものを、むしばんでいる~~~~。ウィルスは、どこにいるのか?!
結局は、お金、経済第一、、、と考える 物質社会を頼りにしている私たちの考え・・・がウィルスを増殖させているのかもしれない・・・。
 
豊かな暮らし、、、それは、お金だけに・・経済だけに 裏打ちされたものだろうか?!
いや、違う。 
悲しいかな、、、お金がないと、辛い。確かに、困る。
でも、豊かさをそれだけに拘るような暮らし方には、かりたくない。
そう思いながら、暮らしにくくなった世の中だ、と感じている今日この頃。。。
 
時々、思う・・・ あ~ お金がもっとあったらいいのになあ~。しおれたバラ
でも、思う・・・
いやいや、それは、いつか消えるもの・・・。
それに、今、あるもので満足することを覚えなくては、、、、きりがないではないか・・・。
愛は、自ら(愛そのものから) 愛を生み出す。バラ
お金は、、、数字の上では、お金を生み出すかもしれないが、
“お金”自身は、お金を生み出さない・・・。
できれば 愛とか、情とか、友達とか、リンゴとか、self-sustainable で、self-productive(produced) なものを 大事にしたい。
家族も、、、そうなのかもしれない、そう思う。
 
 
 ひらめき追伸:
それに、今、問題となっている世界的に流行しているアメリカ発の大風邪、、、。
これは、倒れても当たり前なのだ。
根っこは小さくて、木ばかり成長した、、、そんな“お金重視”の代物ものなのだ・・・。枝をはり、葉を茂らせ、実をつけさせた。
しかし、根っこは?! 根を張る土壌のない、、、ビジネスなのだ。
基礎が揺らいでいては、~もともと根っこなどない~ 倒れて当然だ。
(価値を計るためだった貨幣が、その価値の対象物となり、その対象物だけを相手に、みんな商売をし儲けようとしていたってことだろう!?。)
しかし、その揺らいだ根っこから倒れた巨木のおかげで、、、
しかも、その巨木が実らせた果実は、、いったいなんだというのだろう?!・・・お金がお金を生み出すわけがないのに・・・。
種をまいて、、、土があり、水があり、陽の光があって、作物が実るのだ。 
 
それにしても、お金の心配のない、 ふつうに 豊かな国、 (不可能じゃないと思うけど、、) いつか そう ならないのかなあ~~~~。
 
 
 
2008/9/30

二日目

うふふ。。。
 
朝バナナ ダイエット 二日目!
 
それにしても・・・
先週、 あのテレビ番組後、 近所にある 2箇所の食料品売り場から、バナナが いっきに 姿を消した(もしくは、ふだん山積みのバナナの
コーナーが、空っぽ!に近い状態)のには、驚いた・・・。
妹の住んでいるところ~ 彼女がいつも利用する大きなスーパーも、安いバナナは、 消えていたそうだ・・・・。
ちょっと高めのは、残っていたらしいけどね。。。
 
まあね、朝バナナ ダイエット、、、問題は~、毎朝、バナナ数本が要のため、、、、つまり、「バナナがない」という状態だと困るから、買いだめしておかなくては
ならないってことかな。。。。  そりゃ、毎日 買いに行ってもいいけど、 ↑ ね、売り場になかったら、買えないんだから~~~。
 
我が家は、娘と二人でスタートしました。
とりあえず、ひと月、、やってみようと思います。
 
2008/9/27

NHK 朝の連ドラ

明日で、 今回の 朝の連続テレビ小説 「瞳」 が 、終わります。
なんとなく~ 可もなく 不可もなく~ なんとなく~~~、 そう、なんとなく~~~ 無難に 終わるかな~って感じ。
 
もちろん、NHKの連ドラですから、最終回までには、ちゃんと 課題クリア~、問題解決、みんな 円満、 笑顔で 総出演して、お終い! 
そういう 筋書きができています。 今回も 例外じゃありませんね~。
 
で、 いつも 思うんですよ。  東京(関東)バージョンであろうと 大阪(関西)バージョンであろうと、ほとんどが、「家族の絆」「家族愛」がテーマに入ってますね。
 
もちろん、 似たり寄ったりの ちがう言い方をしているんですよ。 ○○の絆~ とか、●●の大切さ~ ってね。。。
 
たとえば、今回は、下町の 隣近所の人たちとの 交流や、 瞳のセリフを借りれば、「出会った人たちが、私の財産」っていう、そういうのを盛り込んで、
一度は切れた 親子の縁が 孫によって 修復される・・・& 里親制度というものを 通して、 “家族”とは、何か? と問いかけ、それを 考えさせ、
瞳 に、「 (単にそこにる家族だから、最初からできてわけじゃない。) 家族ってのは、うまくやろうと 一生懸命、 作るものなんだ・・・」と、言わせます。
瞳の友達、三人も、それぞれの 家族模様が 登場しますし、 瞳の憧れの人が、 久しぶりに 実家に帰ったという話をする時は、何年経っていても、ずっと
会ってなくても、なんとなく 不思議に そこにもう 当り前の空気があった・・・ みたいなことを 言います。これもまた、 家族ならでは、の感じ方と 人間関係を
あらわしたものだと言えます。
里親制度と、ヒップホップダンス、、、 突飛な 組み合わせですが、 その若い ヒップホップが好きな瞳・・・ 瞳世代 だからこそ、抱えていて、見えてくる
現代の家族の 問題や それを彼らがどう感じているか、そして、 他方、いまどきの若者を 毛嫌いしている大人にも、若者を理解させようという、そんな意図が 見えた気がします。
 
いずれにしても、今回の瞳だけじゃなく、前回の、「ちりとてちん」 も、「芋たこなんきん 」 も、 私が好きじゃなかった 「どんど 晴れ」 「天花」も、
少し前の「ファイト」や、「純情きらり」 や 「風のはるか」 「わかば 」 「 てるてる家族」ずっと前の、「こころ」 「ちゅらさん」「あすか」 「あぐり」 「ぴあの」 などなど
なんでも、、、やっぱり  家族愛、家族が大事だ~ っていうことが キーになってるんですよね。
 
でも、どうして、 そんなに 家族 家族って 言い続けてるのに、、、 
現代社会は、理想の家族とは程遠い、家族崩壊が 増えているんでしょうかね?!
家族崩壊時代だからこそ、 家族が大事、って 訴えるんでしょうかね?!
 
家族と ひとくちにいっても、 いろんな 形があり、関係の作り方があり、ルールがあり、愛の表わし方がある・・・。
 
しかし、、、、 人が、 一人では生きていけず、 誰かと 支え合って、助け合って、、、 社会を作って この地球上で 生きていくための、、、
なんとなく 心地よい 最小単位が、 親子・・・ いわゆる 家族に なるんでしょうかね。
親子から、兄弟姉妹、親戚、縁者~知人 と、 広がるわけですけどね。
夫婦は他人同士、 親子ってのは、DNAのつながりがある・・・ もしくは、血がつながていなくても、“社会的”制約や、保障が 生じる関係が、親子・・・。
夫婦は、離婚してしまえば、その関係は、社会的にも白紙に戻る~お終いだけど、親子ってのは、それだけでは 終わらない。
まあ、そんなところから、 人間、誰にも、 関係がある・・・、自分の身に置き換えて 考えやすいのが、 「家族」のドラマなのでしょうね。
 
それにしても、、、 とっかえ ひっかえ いろんな職業や状況を作り変えていても、 やっぱり “家族”が大事というのが 出てきてしまう・・・。
このマンネリ、、、どうにか してもらえませんかね?!
それとも、 家族愛 を 入れておかないと、、、、善良で、常識的な 視聴者から、お叱りが 来るのかしら?!
 
そんなことを 考えながら、私は 毎回、NHK 朝の連ドラを 見ているのであります・・・。
 
2008/9/25

人を育てる・・・子育て・・・

電車の中で、バギーに乗った赤ちゃんを見た。
小さな頭を あちこちに動かして、あれこれ興味津津・・・・という表情で見ている。
小さな子ども、赤ちゃんを見ると、いつも思う・・・。
人間を育てるっていうのは、とても たいへんなこと。
 
気が遠くなるような 時間と手間が かかる・・・、
人として 生きていけるように 成長させるには、そう、あらゆる面から、時間と手間とが 掛けられることになる・・・・。
子育ては、たいへんだ。
ミルクを飲ませ、おむつを換え、たまに だっこして あやせばいいというものではない。
 
赤ちゃんを、、、人を ちゃんと育てるというのは、本当に 大変なのだ。
子供を育てる間に、そこから 与えられる 楽しみ、喜び、も もちろん ある。
愛情をかけて 育て始めたら、 それこそ、その存在・・・子供なしでは、 生きていけないと思うほど 子供は大切な存在となる。
しかし、、、、
楽しいことが たくさんあろうとも、 よろこびを感じることが 多々あろうとも、、、、
人を育てる・・・・ これが 一大事・・・・ 大事業であることには、変わりがない。。。。。
 
愛情だけで ご飯は食べられないし、衣服だって 魔法のランプをこするようには 現れない。
一方で、 お金があっても、豪華な服を着て、モノを食べて、一流の教育を受けても、
愛情がなければ、”人”として 生きていくのに十分な糧を 心(精神)に 得られない。
 
「親がなくても子は育つ・・・」
そう、確かに、そういうこともある。
とはいえ、 だからといって その子に手をかけなくても 人間らしく 育つというわけではない。
心して かからねばならないのだ。
 
親(大人)の思うように 育てることは 簡単だ。
が、 だからといって 大人の思うように “育つ”とは 限らない。
素直に育ったと思っていたら、突如 爆発して 周囲を傷つけるようなこともありえる。
親(大人)は、子供の成長に関して、、、、人として育てることに関して、責任を負っている。
が、子供の人生を“所有”しているわけではない。 あくまで、 預かりものなのだ。
子供は、「好きで こんなうちに 生まれてきたわけじゃない」と 嘆くこともあるが、実は、それは まったくの誤解だ。
子供は 親と環境を選んで生まれてくる。
親も、その子を 子供として 受け入れ、その子がその子らしく、人生を まっとうできるように 育てるということを了承して 迎えれている。
それゆえ、 親(大人)には、子供を その子らしく、うまく (朝顔が朝顔らしく、ひまわりがひまわりらしく)育つように 育て、見守り、与え、導く 責任があるし、
子どもには、自分が選んだわけじゃないなどと 悪態をつくのではなく、逆に、親に 育つ環境を与えてもらっているのだと感謝をする気持ちがある方がいい。 
それだから、、、
親は 子供を 自分の思うとおりに、自分の所有物のように、自分の人生の延長のように 考えない方がいいし、
また、じゃあ、子供は了承しているのだから、、、といって 親が好き勝手をしてもいい、ということにはならない。 
ただ、なんにしても、“子供は、親をみて 育つ”。。。 
それが 何であれ、その親のもとに生まれてきた 理由を 自覚していなくても、そうとは知らないまま 必要なものを ピックアップしていく。
それゆえ、、、、大人が まずは、自覚する必要があるのだ。
いったい、子供を どう 導くのか・・・。
 
できちゃったから、、、命が大事だから、、、 産めばいい・・・~ 嫌でも子供は育つ、育てなくちゃならないのは、仕方がない・・・。 
育てられなかったら、誰かに 養子に出せばいい、欲しがってる人がいるだろう~~~。
そんな 簡単なものではない。
疎まれながら生まれてきたことを 知る時の子供の気持ちを、 偽善的な大人は考えたことがあるのだろうか?!
命があれば、生まれてさえ来れば、それが 一番大事。
いや、違う。 
愛情のない 選択だ。 命優先ではあっても、愛情は、ない。 愛のない、無責任というものだ。
 
そう、考えれば考えるほど、育児は大変だ と解るはずだ。 
ではあるが、 “人を 育てる”、、、、というのは、私たちに課せられている 極めつけの喜びという名の実のなる耕作事情なのである。。。
耕作し続ける 自覚が ない限り、、、、喜びよりも 苦しみが多いかもしれないが。。。
あかちゃんの 瞳は、そして 感覚は、 素直だ。  何でも吸収してしまう・・・。
私は、その素晴らしい未知なる可能性を みるとき、 人を育てるということの 宇宙にも匹敵する 計り知れない困難と、無限の喜びに 溜息をつく・・・。 
 

ひとりごと

ゆとりって 必要だよね。
 
どんなに ふだん いい人でも、 ゆとりのない時は、、、、“嫌な人”になったりする・・・。
 
 
どんなことにも、ゆとりは必要・・・。
 
 
なのに、日本では 学校教育でさえ、 ゆとりを なくそうとしている・・・・
 
ああ、なんか、、、おかしいんじゃないの?!
2008/4/16

言いたい放題 : テレビドラマに蛇絡んだ・・・

テレビドラマや映画について・・・好きなだけ、好きなこと、思いついたこと、あれこれ、個人的思いいれ&経験談など含めて、
言いたい放題に書かせていただきます・・・あしからず。
 
今日は、昨夜から始まった『絶対彼氏』を見ての感想~。爆笑
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『人生を変えるのに必要なのは、一歩を踏み出す勇気・・・』
はあ、そりゃね。。。そうなんだけどね・・・
扉の向こうであろうと、自分の別の面であろうと、その新しい何かをみつけるため~新しい自分になるため~ナンであろうと 確かに、現状維持では、~棚からぼた餅を持っていたのでは~ なかなかその転機は訪れないだろうし、何も変わらないのだろうね~・・・。
不倫をするにも、ラブレターを出すにも、結婚の決断を下すにも、バイトを変わるにも、知り合った人と“友だち”になるにも、確かに、第一歩というものが存在する。
解かっちゃいるケド、、、別に勇気出すほどでもないし~なんて思うのも事実。
突然ですが、↑何でそんなことを考えたのかって?!
昨夜から始まったドラマ『絶対彼氏 ~完全無欠の恋人ロボット~』
これを見ていて、ふと耳にした台詞が『』これだったのですけどね・・・。
けっこう笑えましたよ・[m:50]・第一話。
軽くSF入ってますが、まあ、人間型ロボットという、もしかしたら実現することもありえるモノが題材で・・・。
速水もこみち氏、水島ヒロ氏、そして女性の主役として、相武紗季さんが出ている。
ぶっちゃけて書くと、相武紗季という女優さん、以前(NHKに出てた時)は好きじゃなかったんだ・・・。「がんばる、優しく明るい前向きな良い子」という役どころが、私の気に入らないタイプの女の子だったせいもあるのかもしれないけど。
でも、昨年、『牛に願いを・・』というドラマを見て、彼女のこと、いいかも~って思うようになった。演技も自然だったし。
今回は、この“絶対彼氏”に振り回される役どころの女の子を演じるのだけれど、、、なかなか面白い・・・彼女のリアクションもイイ。
さて、ドラマっ子の私が、勝手にあれこれ書いているだけなので、みなさま、あまりお気になさらないでいただきたいのだけれど、
なんていうか、コメディチックで、でも恋愛を題材としている明るそうなドラマ、、、(私よりも、娘が見たがったのだけど・)、
そう、ドラマを見ていたときに、娘が一言「女って怖いよね~」。
もちろん、どんなドラマにもあるんだけどね、そういう人間関係のいざこざ~悲しかったり、怒ってしまったりする部分。
今回のこのドラマにも、さっそく、、、親友を語っている職場の“友だち”が、実は、ぜんぜん友だちじゃない~という裏がある。
そう、女って怖い・・・。
高校生の娘に言われて、今更ながらに思い出す。
しかし、私の場合、私がノウテンキすぎたのか?幸いだったのか?
30歳を過ぎるまで、そういう裏で卑怯なことをするような人に巡り会ったことがなかった・・・。
(それなりの人間関係は経験してきたけど、ああいった感じの、ズルイ人は覚えがない。)
そう、それが判明するまでは「親しい友だち」だと思ってたけど、それって、私の勘違いだったわけですよ。
親しいにはちがいなかったけど、相手が私に対して思っていた好意的友人としての親しさ・関係とは、違っていたんだよね。
ゆえに、いや~[m:76]驚きましたね、本当にそういう人、世の中にいたんだ~!!!って。私だけならまだしも、子供を巻き込んだところで、私の堪忍袋の尾も切れた!って感じだった。私の周囲にいた“まともな友だち”に言わせるとあの人は何を考えているのか解からないから、近寄らない方がいいよ~ということなんだけど、私も今は、そう思う・・・。
まあ、そういう人が世の中にはいるんだってこと、そういうこともあるんだってことを私に教えてくれた役回りをした人なんだ、って思えば、許せるというもんですが(怒りよりも、呆れてモノが言えないって感じ、ありましたしね。)、そうはいっても、あの時の衝撃は忘れられませんね~。
「ええっ~?!そんなことする人、いるの?!なにゆえ、そんなことする必要があるわけ_?!」ってね。
あ、これ↑、ドラマの核心にはあまり関係ない話ですけどね・・・。
そう、表面は仲の良い友だちって感じで(一方は、そう思ってる)あっても、もう片方は、それを利用しているだけ~みたいな。ドラマにもそういう関係がよく出てくるってことは、大勢の人がそういうことで傷ついたり、悩んだり~逆に、人を騙したり~しているんだろうね。
そんなことを思い出した昨夜のドラマ『絶対彼氏』[m:46]一話、ロボットならではのアクション(ビルの上を飛び、走る~とか[m:80])もあり、
思ってたより期待できそうなドラマだった。
それにしても・・・
なんか最終回、可哀相な結果にならないといいんだけどね・・・。
ま、楽しみに見ていこうと思います~虹