ジャカランダ 的个人资料Jacaranda通信照片日志列表 工具 帮助

日志


2007/1/22

今年の抱負 : ヘミシンク

 
   今年の抱負 として、 興味があったものの何も行動をしてこなかったことについて、今年は、ちょっと 手を出してみようと考えた。
それは、、、ヘミシンクの体験
 
まずは、前々から、興味を持っていた ヘミシンクの メディテーションCDを購入した。 
 
で、聞いてみた。 
 
   あ・・・・ 
 
これって、ちゃんと 瞑想が出来る人用だったのね。 
 
でも、
 
昼寝には、もってこいだと、解かった! 
 
音楽でもなんでもない、”音”のCDなのだけど、、、 四回くらいナレーションが入っているCDと、何のコメントもないただ音だけの
CDと、二枚・・・。
 
どちらも、自分でメディテーション出来る人が、この”音”を利用して、さらに深く、リラックスして、いく・・・・というものだ。
 
 
私は、瞑想ができないので、でも、ただ、じ~っとしているより、この音を聞いている方が、確かに、気持ちが落ち着くというか、
上手く 昼寝に入っていけそうだ・・・・。
 
 
音楽の入った、リラックス用のCDもあるということなので、今度はそっちを試そう。
 
メディテーションは、いずれ・・・ できるようになるだろう~。 I hope.
 
 
 
ヘミシンクって、何か?! ご存じない方で、興味のある方は、こちらをどうそ・・・。
 
 
 
アクアヴィジョンというところのホームページですが、ヘミシンクについて、よく解かります。
 
 
 
 
2006/5/8

黙示録というもの =悪夢から学ぶ=

夢というものは、自分が今、意識し、生きている現実を反映させながら、その現実に”ありえない”状況を映すことが よくある・・・意味をなさないことも多いし、たかが夢といってしまえば、それまでだ。
しかし、印象深い夢、気になる夢には、暗示もしくは、メッセージが込められていることがあるので、なるべく”意識”して、分析してみることにしている。
 
≪今朝見た夢・・・≫ 
 
と、ある学校のクラスの中のような雰囲気。 もしくは、どこかのセミナー会場で、たまたま集められた人がいるというのかもしれない。 雰囲気は、中学校のようだが、自分は、大人の意識だ。
昼休みというか、昼食時なのだけれど、その、普通の教室よりも広い部屋に机を並べているクラスメイトのほとんどは何も食べていない。 ランチが置かれていても口をつけない人がほとんどで、食べ物を置いていない空のトレイも多数ある。
私は、パンやサラダといったものを、バクバク食べている。
私の前の机には、Sさんが、座っている、そして、私に半分、付き合うような感じで、パンを一口、二口食べたが、それ以上は、食べない。
どうして食べないの?―と聞くと、食べちゃいけないらしいから、、と言う返事。
え?そうだったっけ?!と 私は不思議になるが、ランチの時間なのだし、食べちゃ駄目なんて、誰にも言われてないよな~と思って、食べながら、Sさんと話をする。
 
Sさんとの会話は日本語。 
Sさんとは、現実世界では一度もあったことがないが、ブログ上の付き合いはある。
学校にいる年齢の私達のはずだけれど、Sさんとの会話の中身は、現代のブログの話。
彼女が書いている彼女の娘さんの話とか・・・。
 
 
そこへ、横の入り口から、(私達は、一応、日本人という設定のようだ)金髪の背の高い米国人男性が、やってきて、私に向かって”なぜ食べている!?”と、にらんだ。私が驚いて黙っていると、その外国人男性は、「昨日、個人情報(問診みたいなもの)を記入するために渡した紙に、今日のランチは食べては行けないと書かれていたはずだ、」と言ったので、私は、
書かれていなかった。それに、今日も、どの先生も何もそんなことは言っていなかった。食べてはいけないなんて、言われていない。」 と英語で反論した。
昼食後の時間に、健康診断のようなものが予定されていて、そのための問診表のような紙を確かに昨日受け取った・が、はたして、そこには、食べてはいけないなんて書いてなかったはずだ、と私は、自分の行為を正当化しようと、紙を捜すが、カバンのどこにも見当らない。
周りに座っているSさんをはじめとするクラスメイトは、誰も何も言わない。私の後ろに座っている男の子(男性?)は、「ほらみろ、食べてるから、叱られるんだ。黙って、みんなと同じにしておけば何も言われないものを・・・。面倒なヤツ・・・」と言いたげに私を見ているが、昨日渡された紙に、食べてはいけないと、書いてあった・・・とも、言わない。ただ、巻き込まれたくない様子。
 ”先生に叱られている私”には、近寄らない方がいい、と思っているようだ。この男性は先生でも誰でもないはずなのだが、。 他のクラスメイトは、単に、”健康診断の前なのだから、食べない方が無難だ”という"常識的認識"のもと、何も食べていなかったにすぎない。 
 
 
私が紙をごそごそ探したカバンというのは、現実世界で私の娘が使っていた
中学校のバーガンディと茶色の中間のような色をした指定カバンだ。
今は、違う色のカバンを持っていっているが、入学時は、それを購入した。
 
 
食物を食べてはいけないのなら、なぜ、昼食時にランチを配るのか? トレイを机に用意させるのか? 他のクラスメイトは、なぜ、それを疑問におもっていないのだろう?
 
私の反論も虚しく、=一応、私は、食べるだけは食べたので、満足していたが、= 私は、自分を正当化することができなかった、が、その男性は、私から離れて行った、「おまえ、我々の計画の邪魔をするんじゃない!面倒なヤツだ。」とでも、言うような目つきで私をにらみながら・・・・。
彼がこれを声にしたわけではないが、私は、これを感じ・聞いた。
 
いつのまにか、健診が始まったのか、クラス教室内からは、少しづつ人が出て行っている。
私は、何か嫌な予感がして、自分の席を離れて、周囲を見渡す。 そこには、学校の先生ではない、他人、さっきの外国人男性の"仲間"が、まるで私達を見張るように、出入りを始めていた。
私は、身の危険を感じ、もし、私がどこかに(さっき、邪魔だとされたので、)連れ去られるようなことがあったら、何か、手がかりを残さなくては、と思い、靴を脱いで、靴に名前を書き込んだ。
黒いボールベンで、白い靴の内側に、アルファベットで書いた。(私の現在の名前)
それを見ていた”見知らぬ、あっちの仲間の人”が、ちょっと親切に、大丈夫か?と声を掛けてくれた。
具合が悪いのかと思ったようだ。
それで、「大丈夫です、私の席はあっちだから、戻ります、」と返事をし、ココから出ようと考えた。 
この時点で、すでに私は、教室のヘンな雰囲気が嫌で、逃げ出そうと考えていた。怪しまれないようにと思いながら歩いていると、足がもつれて転びそうになった。その時、もう少しで、教室を出る扉なのに、という場所で、金髪の女性が、私の背中を思い切り横から掴んで、投げ飛ばすような感じで、私を押した。私は、幸い、壁に頭を打つこともなく、振り返ってその女性を見ると、「ああ、ごめんなさい、あなたが転びそうだったから、支えてあげようと思って服を掴もうとしただけなのよ、」とその人は私に冷たい目で、”しまった、失敗した”と(その人の心の声)ばかりに、そう言った。
 
教室には、もうほとんど生徒は残っていない。
 
みんな例の紙を持って健康診断に行ったのか・・・
 
めざした扉からは出られないと解かって、私はしばらく考える・・。
携帯電話で別の国にいる恋人・友人に連絡を取ろうか、それとも、このヘンな集団が危険だと、配偶者に連絡をしようか、でも、携帯電話の電場を傍受されていたら、まずい、と思い、電話をかけるのは、やめる。 何とか、ここから脱出しなくては・・・、という思いだけが募った。
 
 
恋人に電話するとか、配偶者に連絡するとか、
中学生なら考えられないような思考が働く、これが、夢であるゆえの矛盾だ。
 
 
初めに金髪男性が出てきたほうの扉に向かうと、そこには、”彼らの仲間”と思わしき小柄なアジア人のような男性がいた。
私はその人となら、少し話ができるかもしれないというような印象を持ったので、話しかけようとすると、
急に白装束を着た背の高いがっちりした男性①が、私を捕まえようと向かってきた。
私が身をかわすと、別の同じような背格好の大きな白装束の男性②が、その男性①と何なら解からない言葉で、口論し、取っ組み合いを始めた。「下手なことはするんじゃない、俺達の仕事じゃない」というようなことだと私は、感じ聞いたのだが・・・(なんたって、夢だから、人の考えていることが解かったりする!)、とにかく私は、その大男からは逃れて、先の小柄なアジア人男性に、目配せをする
彼は、私を監視していなくてはいけないんだ、と私に言うが、理由は教えてくれない。
でも、私は、もう昼食も終わったし、私には健康診断の順番が回ってこないようだから、家に帰りたいんだけど、、、というと、じゃあ、出口はあっちだよ、・・・という。
それで、私は、彼に、「一緒に外まで来てくれる?」と聞くと、「残念だけど、僕は、ここから出られないんだ、」という。 そして、私に出口を教えることも、ほんとうは不味いのだろう、、と私は感じた。
 
いよいよひと気の少なくなった体育館のような大きな教室、、、私は、急いでカバンを取って、出口に向かう。
なんと、その出口を通って、建物の外に出ようとすると、その手前に、外務省だか警察庁だかから派遣されたという日本人が二人立っていて、 ≪現実世界では、TVで見る俳優さん、名前は思い出せないけど、中年とまではいかない若さの、けっこうハンサムな感じの日本の俳優さん。≫、そろそろ 処刑された時間だな、、、と話しているのが聞こえた。 
私は一瞬にして、クラスメイトの多くが、磔刑に掛けられた場面を想像する。
目の前に見たわけではないが、そういう印象が脳裏に浮かんだのだ。 
 
そして、これ以上、ここにいたら、危ない、と私は、そのうちの一人に、言葉ではなく、目で「私は家に帰りたい、出してください、」と訴える。 すると、その人は、黙って私を通してくれたのだが、その後ろには、私を建物から出すまいとする”ヤツラの仲間”が、私を追ってきていた。 その俳優さんの内のひとりが、私を建物の出口まで見届けてくれたとき、彼は、もう一人の相棒に向かって、
「おい、○○がここにいるぞ、せめて おじいちゃんに連絡してやろう、」という。知っている人なのか?
彼らは、ヤツラの仲間ではなく、事件を表ざたにしないために"見届け"に来ていた”日本側”の人たちである。 彼らの役目は、”黙示録”が遂行されるのを、見届け、事態の把握と記録と、事後処理のための”証人”としてそこにいるだけなのだ。
 
かつて 地球上のいろんなところで、正しいとか間違っているとか、そういう判断など文言無用にし、
社会を支配するために、一部の住民を犠牲にし、その犠牲によって 他の多数が守られるというやり方を "善なる常識"として、そういう手段で社会を繁栄させてきた文明があった。
が、まさにそれと同じで、一部の犠牲で、この”土地”の他の住民の命が守られる・・・という事態に
私は、たまたま遭遇したようだった。 しかも、自分が知らないうちに”犠牲”の側になっていた。
 
一瞬のうちに、事態を把握した私は、
 
え?誰が、何処にいるって?
 
 
と私が周囲を見渡し、目線を落とすと、、、そこには、
顔だけ、地面から出した状態で、まだ息をしている さっきまでクラスメイトだったある男の子が、土に埋められていた。その子は、横に埋められていて、盛り土の山の斜面に顔を出している。
人柱である。
 
私は、その盛り土のされた脇の石階段を上って 道路に出ると、なんと、その道路わきにも、円形の
人柱が組まれていた。 女性ばかり5~6人がうつろな目で顔だけ空に向けて、埋められていた。
おそらく、彼らは、”健康診断”という場所で、順番に、何か薬を飲まされたのだろう、そして意識がないうちに、生きたまま埋められのだ。
生きたままの状態での犠牲、”生贄”にしないと、効果がない、というヤツラの持論で。
人柱として、土に埋められた者と、磔刑にかかったものと・・・。みんな薬のおかげでなにが起こったのか気づかないまま、命を落とすことになっている。
”俳優”さんの一人が 連絡してやれ、生きている間に顔を見せてやろう、というのは、ある意味、人情のヒトカケラなのだが、連絡されたおじいさんは、孫のその姿を見て、”多数のために払った孫の命、”を、仕方がないと思うのだろうか?! それとも、こんなことが 起きていたのか?! と狂気に落ちるだろうか?
 
人は、自分の身近なところで悲劇が起こったりすると、世の中の"常識"の仕組みの非情さに気づいて、嘆く。が、それまでは、他人事として、”そういうものだから、仕方がないだろう、”と、見過ごすことが多いのではないだろうか?! このおじいさんが、孫の人柱の姿をみて、「これも仕方のないことなのだ」と常識的に振舞うか、こんなことが起きている現実を見て、それが(誰にとっても)望ましい社会のあり方だとは、思えない・・・と嘆くか、あなたは、どう思うだろう?!
 
 
Sさんは、どこにいったのだろう? 私は、夢の中では、二度と彼女の顔を見ることはなかったが、
私に健康診断が回ってこなかった理由は、私がモノを"食べて"しまったからだった。
空腹でないと、その薬は良く効かないのだ。
だが、私をその場で殺すわけにも行かず、邪魔な存在になってしまった・・・。
問診表は、今回、どこの誰が、人柱になって、誰が、磔刑になったか、”行方不明”になって帰宅しなかった子供について 家族に説明をしなくてはならない・つじつまをあわせるための情報管理だ。
 
私は、うつろな目の女性達を後にして、必死で坂を駆け下りた。
坂を下れば、私の自宅は直ぐだ。 (夢だから、仕方がないのだけど、私の実家という設定。)
坂の下に、小川が流れていて、そこには柳の木が数本、揺れている。
太陽の光より 柔らかな透明の光が、オーロラのように柳の枝を揺らし、それが、私に「よく帰ってきた」と迎えてくれるような感じだった。 安心した、が、気分は最悪だった。 
坂の上の、学校では、悪夢のような出来事を見てきたばかりなのだ。
                                                   <了>
 
 ここで私の夢は終わる。
 この夢が、過去生のものなのか、過去生をアレンジした、私に必要な物を見せるためだけにアレンジされた夢なのか、それとも過去生とは関係ないものなのか、それは、解からない。が、一つだけ確かなのは、この夢が、暗示・メッセージ性を持っているということだ。 誰かが、この夢を通して、私に何かメッセージを伝えたかったということだ。 
それが、誰なのか、、、私のガーディエン・エンジェルなのか、守護霊なのか、大いなる自己なのか、別のガイドなのか、それは、解からないが、いずれにしても、神と繋がっていることは確かだ。なぜなら、私達は、みな、神の一部なのだ。 神という呼び方に抵抗があるなら、宇宙のソース(源) = ”IS” = 大いなるもの、= 愛 (神は愛だ)、でもいい。
なぜ、この夢を見たのが 今朝なのかは、解からないが、メッセージがあることは確かなのだ。
夢のストーリーをこれほど 初めから終わりまではっきり覚えているのは、珍しい・・・。
何か、意図があって、私に働きかけてきたのだ。
 
というわけで、メッセージの分析をしてみたいと思った。
 
メッセージ ① :
私は、これまで、自分が正しいと思っていることなど、自分を正当化すること・場合に、はっきりとした理由は解からないが、罪悪感を憶えることがあった。 もっと堂々と自分を正当化してもいいはずなのだが、なぜか、後ろめたさを感じていたのだ。
が、この夢で、(このストーリーが過去生の一部だとしたら・・・)私は、自分を正当化して、とりあえず、自分はその場を逃れたものの、それによって 結局、他の人は命を落とし、自分は助かったのだ。
ゆえに、自分では意識していなかったことであれ、自分を正当化するという行為が、他人を危うい状況にさせる・・・という苦い経験と結びついてしまって、正当化しつつも、後ろめたさが残っていたのだと、解釈できる。 
そして、私は、この夢によって、そのアタッチメントを理解することで、自分を正当化することと結びついてきた、後ろめたさ・罪悪感を切り離すことが 可能になる。 自分を正当化したことと、彼らが命を落としたことは、私の”責任”ではないことが、ストーリーから読み取れるし、過去の出来事によって影響された思考パターンを、現世の人生に引きづる必要がないからだ。
自分を正当化することに伴ってきた罪悪感から、私は、解放されることができ、なおかつ、自分を正当化することを恐れてはならない、というメッセージも読み取れる。
 
メッセージ ② :
私は、常識というものが もともと 好きではない。 意外に思われるかもしれないが、ある意味、私はとても常識的なのだ、信号も守るし、ゴミをだす時間帯なども守る。無理なことはしないし、服装も、TPOに合わせるし、電車ないでも、”非常識”なことは極力しない。 が、自分で納得しない”常識”においては、常識だから、という理由だけで従うことはない。 ”常識”に従わない自分をもてあますこともあるけれど、強制的な統制や、理由に納得できないものごとに対しては、異を唱える私の気質が、この夢にも出ている。 これは、私が(魂レベルで)ずっと持っている”自分のキャラクター”=自分らしさを作る要素なのだということだろうか・・・・。
この夢の中で、 ランチを食べていないクラスメイトを、 私は疑問に思っている。 健康診断の前だから、食べない方がいい、という"常識"で、彼らは食べずにいるが、ならば、なぜ、そこにランチが用意され、出ているのか?! そこになぜ、疑問をもたないのだろう?と、私は”常識”を疑っている。
しかも、”ランチを食べないように”という注意書きを自分は(夢の中で)読んではいない、と記憶していて、(自分のランチを食べている行為を正当化したのが、①。)、誰も何も言っていないのに、食べない方がいいから、という理由だけでそこに在るものを食べないなんて、オカシイ、と私は常識に反論した。そして、結局、夢の中の、この私のオカシイ、という”勘”は当たった。 
自分で、見て、読んで、聞いて、感じて、自分で選択する・・・いつか、それが身を守ることにもなると思われる。 ”常識というのは、18年間の歪んだ社会教育で与えられた偏見に過ぎない、”というようなことをアインシュタインも言っている。 常識という言葉、多数がそうするから、という状況に、確たる理由もなく巻かれてはならない。 結局は、”常識の範囲”であっても、自分が判断することが多い人生において、”みんながそうするから・・・”というものに、巻かれない自分が、この夢の過去生でも見られる。そして、それが、この場合は、自分の身を守ったのだ。 
”大勢がそうするから、みんながそう言うから、それが常識だから、”という物事の中には、どうしても納得できないものだってあるのだ。 現代の日本の教育も、その一つだ。先生方に厄介者だと思われようと、”それなら、この学校に来なければいい”といわれようと、おかしいものはオカシイと言い、変えた方が言いと思うことは、そう指摘してきた。 自分の子供だけがよければそれでいい、というのなら、日本の教育のあり方なんて、無視したっていい。しかし、それでは、未来の子供が気の毒だ。人間性がおかしくなる。歪んできた教育を黙ってみているわけには、いかない・・・たとえ素人の私でも。 
 
たとえば、戦争へ、出征する兄を見送る妹が、兄に向かって、「生きて帰ってきて欲しい」と訴える、それを世間は、”非国民!(戦争に行くのだから、お国のために、命を捧げる覚悟で行け!)”とその妹を詰る・・・、そういうシーンをみて、あなたはどう思うだろうか?!
決して、誰も、戦争に家族を出したいと心から思っていた人は、いないだろう。しかし、”お国のため”という大義名分で、戦争に反論すれば”非国民”と呼ばれるゆえに、心の中で反対しても、表面では、黙って”常識在る国民”を演じる・・・・、もし、これが、個々が本音を声にすることができたら、どれだけ世の中が変わるだろう、と思ったことは ないだろうか?!
特攻隊の青年達の、命を尊いものだと私も思うけれど、それは、決して、特攻隊というもののあり方が望ましいものだった・・・というものとは違う。 あれほど、人権を無視した作戦もないだろう。
お国のためになら、喜んで人一人の命を犠牲にすることは、”常識”だったのだろう・・・か。
そんな常識を、みんなは、個々に、”望ましいもの”と感じていたのだろうか?!
 
天邪鬼と呼ばれようと、非常識なヤツといわれようと、波風立てるうるさいやつと言われようと、私は、常識だからというだけの理由では、納得できないものには、反論し、理由を求めていく。
そして、その私のあり方が、誤ってはいないことを今回、夢からメッセージとして送られた。
 
 
メッセージ ③ : 
基本的に人を信じるもの = 助けてくれる人がいる、ということに感謝。
一緒に出口へ来ることはできないといいながら、見張っていなくてはならなかった男性が、私に出口の方向を教えてくれた。また、出口で黙って私を見逃してくれた(俳優)二人。
その時々で、私達の周りには、助けてくれる人というのがいる。基本的に私は、性善説だ。
全ては、生まれてから影響され、変わっていく。
生まれてくる前と、この世を去ってからは、誰もが同じなのだ。 だから、生まれてくるときは、善なるもの (キリスト教では、原罪を背負って生まれてくるとされているが、神がそういっているのではなく、教会が、教会の権威を高めるため、教義をそう作っただけのこと。そうでないと、救いを求めて、罪を清めてもらうために"教会を崇めて頼って"来るという必要性がなくなる。)なのだ。 
”生まれてくる子供に罪はない”という言葉は、それを言い当てている。 もちろん、親を選んで生まれてくるから、遺伝的に親の影響を受けて生まれてくることはあるが、(教えたわけでなくても、親に似ている行為をするとか・・・)、だからといって、それは性悪説には、ならない。なぜなら、良くも悪くも、親に似るのは、生物学的に当然だからだ。 そして、その上で、"育ての親"、環境によって人は”作られ”て育っていく。 それをふまえても、私は、基本的に 人を信じる。それが私を救ってくれる。
 
 
私が、このタイトルに黙示録というのをつけたのは、目が覚めたときに、それが浮かんだからだ。
私は、クリスチャンでもないし、ヨハネの黙示録を信じているわけでもない。
自分の目でみて、モノを聞いて、理解して、感じて、そして選択せよ、と神は言うにちがいないと思う。 聖書に書かれているから、ヨハネの黙示録がそういってるから、というだけで、それを鵜呑みにしてはいけないと私は思う。
 が、啓示という点でとらえれば、今回の夢によって、私は、”正当化に伴う罪悪感”から解放されたし、”常識に反論することの意義”を再認識できたわけだから、この過去生の悪夢を、私へのガイドからの黙示録と捉えることができると思う。
 
 ◎ 黙示録について: -----------------------
 
黙示録 : apocalypse  究極的な悪の破滅と神の国の出現による善の勝利を説く。 終末論。
       〔キリスト教で〕神意・真理を、神が人に示すこと。啓示。 
 
ヨハネの黙示録 : revelation /  The book of Revelations of St. John the Divine.  
 
ヨハネの黙示録には、「悔い改めないと、こんなに酷いことが起こるぞ!」という、キリストが御使いをヨハネに遣わして、告げた・・・とされるさまざまなことが、予言(prophecy)として書かれている。一応、最後は、神の御心に見合った国が成就される、ってことになっている。
でも、思うのだ、、、神の御心に叶わなかった者は、苦しんで、死ぬことになっている、{ いのちの書に名の記されていない者は、みな、この火の池に投げ込まれた。} 、
そして、すぐに、ヨハネは、{ 私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。 ~中略~  すると 御座に着いておられる方がいわれた、「見よ、私は全てを新しくする。 ~書き記せ、これらの言葉は信ずべきものであり、真実である。」 ~後略~} とつづけるのだけど、 これは、キリスト教徒がこれを信じるとか信じないとか、神の御心にそう、そうわないということに関係なく、もし、私達が、核兵器を使ったら、地球上が火の海と化して、人類が滅びることは、明らかだ。 
また、このヨハネの黙示録を読んで、思うことは、このようにして、神の御心に合わなかった人間を死に至らしめ、サタンを追放し(永遠ではない)、新しい神の天と地が作られたとしても、結局は、また、人間が"神の御心にあった"とおりに 生きない限り、同じことが繰り返されるのだ。 それに、黙示録の終わりに、初めに在るのと同じことばが繰り返されている部分がある。
「不正を行う者はますます不正をおこない、汚れたものは、ますます汚れを行いなさい。正しいものはいよいよ正しいことを行ない、聖徒はいよいよ聖なるものとされなさい。(後略)」とあるが、結局、これは、人間各自が、自分の思うように生きていくしかない・・ということを示しているのだと、私は解釈する。 しからば、 ヨハネの黙示録を終末論、と捉えても、その終末が訪れ、天地が再生されても、また、人間の心がけ、人々の各自の心掛け次第で、同じような"地球の破滅"を 招くことにすらなる、と、黙示録は語っているのだと思う。  ゆえに、やはり、現在の地球で・世界で、黙示録に書かれているのと似た様な状況が起きつつあるからといって、それに流されてはいけない。
私達次第では、いらくでも、その”黙示録”から、啓示を得て、人間は地球を住み良いところにしていくことが可能なのだから・・・・と、私は、思うのです。 
 
 
※黙示録というものは、 それを理由にして、”その日”を恐れせることによって、人々を支配・コントロールしようとするものなのだ、だから、これを鵜呑みにしてもいけない。
          
* revelation には、 啓示、発覚、などの他に、思いがけない新事実、、なんていう訳もある。
 
2006/2/7

引き裂かれる思い・・・

 
心が痛む・・・ 心が引き裂かれる想いがする、、、とか、胸が痛む・・・なんていいますよね。
 
目には見えないかもしれないけど、本当に、そういうこと ってあるんです。
本当に、 心、、心臓からみぞおちにかけての あたりが、 きりきり傷む・・・ 病気でもなんでもないのに、食べすぎでもなんでもないのに、 == 何かショックなことを 聞いて・・・そう 聴いているのは、胸じゃなくて 頭なのに・・、考えるのも 頭だというのに、 == 胸が、心が感じるんですね。
 
胸のあたりが 痛むのは、そこに、 エネルギーの (その手の言葉で、 ちゃクラといいますね。)ポイントがあるからですね。 
胸が 痛い、 引き裂かれる想いがする、、そういう時は、本当に、エネルギーが引き裂かれているのです、そして、それが、 ”痛み”として 感じられるのです。
 
私は、一度、 ほんとうに、 痛くて 痛くて たまらなかったことがあります。
引き裂かれる想いって こういうものなのだ・・・と その時 実感しました。
それまでも ショックや 悲しみで、 ”胸が痛い”ってこと 感じたことは何度もありましたが、
その 一度は、 その人と 私の 間を 結んでいたものが、 引きちぎれて・・・それが、その絆自身が、切れるのがイヤだ・・・・と抵抗しているようなそんな気がしたものです。
本当に しゃがみこみたくなるくらい、痛かったです。
 
2005/9/26

試練・危機 の捉え方

 
自己嫌悪に 陥ることがある。 
自分の感情をもっとコントロールした方がよい、と思うこともある。
コントロールといっても、それは、感情を感じないというのではなくて、後で後悔しないように
感情を受け留めてからの自分の言動に注意を向けるということだ。
毎日、いろいろ 自分について考える。
 
さて、、、、
 
最近読んだ本に、こういうのが在った・・・ 
 
【人生における 試練や困難な状況は、新しい変化、成長への躍進の好機となる】と・・・。
 
実際、これは、以前から知っていたことで、最近のこの本で、目からウロコだったわけではない。
が、この本は 章のおしまいに、自己エクササイズみたいなのが、載っていて、
 
◎これまでの人生を振り返って、様々な危機、深刻な出来事などから、1つを選び、その危機を
建設的な転機にするために、どのように対処したのかを考え、評価してみよう・・・云々・・・ 
 
というのがあった。 
 
それで、考えてしまった・・・・ 
なぜって、、、、いろいろ嫌なこととか、困ったことは多々あれど、 危機とか、深刻な問題、って
私にはこれまでにあったのかな?って・・・・・・。
 
これ・・・ 私が 幸いってこと??? もしくは、 困難な状況に 鈍いってこと?
それとも、問題がありすぎて”特別”に苦痛な・危ない体験を選べないってこと?
 
喜んでいいのか? それとも、今まで 特に何もないってことは、これから、ものすごい困難が
やってくるってことなのか??? --- 困るなあ、それ・・・・。 
 
私自身に起こったことではなくても、信じられないくらいというか、信じたくない悲惨な事件が
私の知人に起こったことはある。 それは、今でも 私の涙を誘う理不尽な出来事だった。 
彼女がこの”危機”と呼ばれる 不幸な出来事を どのように乗り切ってその後を過ごしているのか、
私は彼女の近くに住んでいないので、解からない、が、連絡があるたびに、彼女の強さと明るさには、
頭が下がる思いだ。 私が、もし、彼女の立場だったら、、、、どうしていただろう、、、。
 
人生には、乗り越えられない問題は、起こらない(= その人に、耐えられないような試練は、与えられない。)・・・これは、聖書にさえも載っていることだ。  (パウロだったかな~?!)
 
それにしても、私の人生、簡単すぎかな???  
それとも、 細かい問題 山積みで、 大きいのは 要らないのかな??? 
それも、困るなあ~~~~
 
ただ、、、、私の人生の一番の課題は、  『娘』なのだ・・・・ 確かに、これは手ごわい。 
私の人生にとって、娘の存在は、 ぜんぜん 危機ではない、、試練と言えるかもしれないが、
どちらかというと、 喜びの方が大きいし、彼女のおかげで助かってきたことは、山ほどある。 
だから、 私の課題ではあるとは 思うのだが、転機となるような”危機”とは言えない。
でも、 娘のことを このエクササイズに 照らし合わせてみることはできる・・・・
それで、いいとしよう! 
 
◎中国の古い言葉、 「危険」は、 危機の 危 と 好機の 機 だそうです~。
 
・・★ 注 目 ★・・
 
訂正: 危険 ⇒ 「」  です・・・  基本的なところ、間違ってしまいました。ごめんなさい。
 
~~~~~~~~~~    ~~~~~~~~~~    ~~~~~~~~~~
 
 
興味のある方に、 上記のエクササイズの、続きを書き出しておきます。 
 
★ これまでの、危機、試練などから 1つ、選び、それを建設的な転機にするために、あなたが
  どのように対処したかを評価してみる。
 
①その自分の状態を 受け入れる気持ちをもっているか、
②その状態に責任を持っているか、
③あなたがこの状態を取り扱うのに、必要な性質とは何か?
④あなたは希望を持っているだろうか?
 
★同様にして、あなたがこれまで適用してこられなかったステップに対して、
 注意と努力をそそいでみましょう~~~。                     == 以上 == 
 
※コピーライト、問題ないと思う。 こういうのは、多くの人に、人生に困難を感じている人に
”人生とは何か? 人生の目的とは何か?”を見出せるように サポートするものだから・・・。
 ・・・ I hope。・・・
 
 
2005/7/3

心理テスト パート2.[解説]

 
先日の「心理テスト2」 の 解説です: 
 
① 家の中の全身を映す鏡: どんな鏡ですか?
 
 ⇒ これは、あなたの自分自身の体への評価
 
② 庭の池に落ちているコイン: どんなコインですか?  
 
 ⇒ これは、あなたの自分の性への 評価
 
③ ドアを開けると見たことのないものが・・・: それをみてどう思いますか? 
 
 ⇒ これは、あなたの、若者への 理解度。  
 
 
                                                  《以上》 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
いかがでしたでしょうか? 前回のよりも、あたってない?! ん~~、そうかもしれないし、意外と、自分ではそうじゃない、と思っていても 実はこのテストの結果のようなものがあなたの心理の深~いところで影響しているのかもしれません・・・・よ。  
 
2005/7/1

心理テスト パート2.

 
昨日、自分の意外な面を見つけるとか、知らなかった自分の一面に気がつくというので、私が意外にもダンスにはまった話しを書きました。 
さて、今日は、潜在意識を探る「心理テスト」2、です。
 
質問:(想像して答えてください)
 
① あなたが、ある家に入ると、部屋には、全身を映す鏡がありました。それは、どんな鏡ですか?
 
② 庭には、池があります。池の中にはコインが落ちています。 どんな コインですか?
 
③ 家の中にドアがありました。開けてみると、これまでに見たこともないものがあります。それをどう思い   ますか? 
 
   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
私に教えてくださる必要はありませんから、 想像力を駆使して、鏡を、そしてコインを、いろいろお好きなように描写してくださいませ。 結果は、週末に・・・・。 
 
それでは、おやすみなさ~い! (これから、チャングムだよ~ん!)
 
 
2005/6/29

自分の意外な面

 
  私は、自分自身のことをいったいどれだけ知っているのだろう?解かっているのだろう?
意外と、予期せぬ所で、別の顔した自分とご対面したり、自分の意外な面に気がついたりすることって、あると思う。
 
もう、かれこれ10年近く前、当時、知り合ったばかりの友人に誘われて、ジャズダンスに通うことになった。それまでの私は、エアロビクスさえ経験のない、ダンス系には縁のないタイプだった。音楽は、昔から好きだった。前にも書いたことがあるが、ピアノは弾くし、ピアノよりも声楽の素質の方が伸びるのではないかといわれ、音大を目指したこともあった・・・ただ、先生とケンカして、辞めた。でも、踊るということは、運動会のフォークダンスか、盆踊り、それくらいの経験しかなかった。マンガで「バレエ」の物語は流行っていたが、縁のないものだった。
 また、実は意外なことだったのだが、高校の時の体育祭で、”振り付け”というのは、やったことがあった。私の通っていた高校は、縦割りで4色に分かれる。伝統として、三年生の男女が仕切るのだが、一年生の女子がチアガールになって(3年女子が選ぶ。)、同人数の三年男子が、応援合戦のダンスの時のそのパートナーになる、で、選曲や振り付けは、3年女子の担当。衣装を作ったりするのも3年生が中心になる。私は2年生の時にバンドでキーボードを弾いた(渡辺真知子とか甲斐バンドの曲だった)。これは、驚くべきことでもなかったが、3年になって振り付けをした時、まあ、仲間との行動が楽しかったというのもあるが、ダンスの振り付けに夢中になる自分が、とても新鮮で、それを楽しんでいることが意外だった。が、以来、再び、ダンスとは全く縁なく、過ごしてきた。 
 さて、ジャズダンス・・・いったいどんなものかも判らずに友人についていった・・・朝8時から一時間、服装にはこだわらない場所だったので、レオタードなど必要なく、Tシャツにスパッツという格好。 柔軟体操(ストレッチ)を20分余してから、いよいよ、音楽にあわせてのダンス・・・。 数年続けたが、アドバンス・コースに移れるような上達は遂げられなかった、にも関わらず、私は、なぜか、1度として、止めたいとか休みたいと思ったことはなかった。その土地を離れるまで、週に2~3回できる限り通った。 そして、ジャズダンスの縁で、その後は、社交ダンス、アルゼンチン・タンゴ、サルサ、アラビック・ダンスにまで趣味が広がってしまった・・・・。どれも、趣味の域を出ない。日本では、社交ダンスなどで、級があるらしいが、そういうのは気にせず、【楽しく踊る】、このモットーを私は貫いている。 次は、フラメンコもしくは、スパニッシュ・ダンスというのを習いたいと密かに思いつつも、近場に教室がないので、手を出していない。でも、唯一、今も続けているのは、、、片道1時間かけて通っている、アルゼンチン・タンゴ。 踊っている時は、幸せだ。 そして、タンゴを始める前に、知った私の”my Birthday meditation words” を、実感する。 
そして、 あの人と、いつか踊るために・・・・。
 
【 It takes two to tango, but  it is best to dance together as one. 】
 
 
昔(10年以上前)の私を知る人は、私がダンスをしている、していた、というと、一様に意外そうに「ホント?いつから~?」と驚く。それくらい、私とダンスは、似あわない組み合わせだったのだ。
((だから、 Oscar に誘われた時も、恥ずかしいのと、それ以上に、”出来ない”と思い込んでいた。))   では、なぜ、その友人にしたがって ジャズ・ダンスなんぞを始めたのか?何が、そうさせたのか? 
--- 引っ越して、環境が変り、日常に悩みもあり、、、宗教に走る代わりに、私は、知り合った人から、「何か新しいことを始める時、なんでもいいから、、今までと違ったことを試すのが、現状打破の糸口。」とアドバイスされていて、その数日後、誘いを受けたので、乗っかってみた・・・というわけだ。 単に、それだけ。 あのアドバイスを聞いていなかったら、私は、もしかしたら、それこそダンスと無縁のままだったかもしれない。 私自身が、こんなにダンスを好むようになるとは、思ってもみなかった。 
 
  まだまだ、私の知らない、私がいるかもしれない・・・。 
 
2005/6/23

心理テスト さて、結果は?

 先日、書いた 潜在意識・心理テストの 解説を・・・・。

【 1問 】 

①誰とどんな道を走っていますか?  = これからの 人生の象徴と パートナー を現している。

②あなたの車の横に来た車:どんな車でどう対処しますか?

 = ライバルになる人と、 その人との付き合い方。

③目的地まで後半分、の感想は?  = 今まで 生きてきた 感想。

④途中で出会ったヒッチハイカーはどんな人?  = 浮気したい タイプ。

⑤目的地、そこはどこですか?どんなところでですか? 

 = あなたの 人生の終焉を 表している。 

ーーーーーーーーーーーー という ことです。ーーーーーーーーーーーー

【 2問 】 -- 年齢制限してありませんが、年齢的にこのテストの解説と、あなた自身のイメージしたものとが、合わない事はあります。というわけで、若すぎる方も、ご参考までに、どうぞ・・・・。 

◎イメージで 次の質問にすべて異性の名前をいれて 答える・・・というものでしたね?! 

①信号待ち: 向こうで待っているのは ____さんです。

 = 現在付き合って見たい人 : 行きたいけど、行けない恋しさ。

②橋を渡っているのは、____さんです。

 = 1度、セックスしてみたい人 : 橋は、二つの空間を繋ぐもの。

③相撲をとっているのは、____さんです。

 = レイプされたいと思っている人 : 裸と 裸の激突。

④薬を買っているのは、____さんです、

 = この世から、消してしまいたい人 : 薬= 反解釈で、毒、となる。

⑤怪我をしているのは、____さんです。

 = 性的に淡白だと思っていた人 : 怪我=不感症や不能を表す。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いかがでしたか? あまり深刻に考えず、他人との会話の暇つぶし程度にご利用ください。 

ただ、自分自身のことって、意外と、自分では気付かないこともあるもので、そういう何かに気付く、ということもありえますけどね・・・。 おつきあいくださいまして、ありがとうございました。  では、また!

2005/6/20

潜在意識:心理テスト

 もう10年くらい前だと思うけど、心理テストが流行ったことがあった。 先日、 ブログでお邪魔する seagull さんのところで、私があまりにもウガンダ・コーヒー美味しいですよ~と いうもので「コーヒー、お好きなんですね、心理テストで何を表すか知ってますか?」と コメントを貰い、思い出した! 

久しぶりにやってみようか~と・・・・。昔やったことある方も、初めての方も、手元に同じ資料をお持ちの方も、さあ、ご一緒に  !!!

 1問:

①あなたは、道を車で走っています。誰と どんな道を 走っていますか?

②しばらく 走っていくと あなたの車の横に 一台の車が 来ました。どんな車ですか? あなたはドウ対処しますか?

③さらに 走ると、”目的地まで あと 半分”の標識がありました。 感想をひと言__! 

④さあ、もうすぐ 目的地です。 途中で出会った、ヒッチハイカーは どんな人でしたか? 

⑤ついに、目的地に到着しました。そこは、どこですか?どんなところですか? 

 

 2問:

◎イメージで、次ぎの質問にすべて 異性の名前を入れて答えてください。 

①あなたは 信号待ちをしています。向こうで、待っているのは、____さんです。

②橋を渡っているのは、____さんです。

③相撲をとっているのは、____さんです。

④薬を買っているのは、____さんです。

⑤怪我をしているのは、____さんです。 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

それぞれ、何を表しているのか、答えは、後日(たぶん、水曜日頃)、一緒に(?)そして1人で、にやにやしましょう~。^O^/

2005/6/18

チャングムとサルサ

私は、BSで毎週木曜日にやっている韓国のドラマ「宮廷女官 チャングムの誓い」を毎週楽しみにしています。 昨夜は、チャングムと ヨンセンが 再会し、それを見た私は、また、泣いてしまった~。

ま、それはいい。

「チャングム」では、ドラマの始めに、前回のストーリーをちょろっと流すのだが、そこで、たしか 1、2回前の回でのシーンで、 チャングムたち(医女になるための修練期間生)の指導教官が、彼女に言った言葉が、昨日も、繰り返されていた。 *現在、チャングムはすでに修練生を終えています。

『~前略~ これで悟ったと錯覚するな。人間、そう簡単に変れるものではない。特に、聡明な者ほど そうだ。 医者は、聡明な人間ではなく、深みのある人間が好い、』 

これは、チャングムが、知識ばかりに頼って(患者の生活習慣や好みという環境を観察することを軽視していた)いた 自分の過信と驕りの気持ちに気付き、もっと謙虚になること必要に目覚め、それを教官に告げた時の、教官からの ことば・反応です。 

こればかりではないが、けっこう、 ふむふむと考えさせられる言葉がドラマ中に出てくる。 

で、この「聡明な者ほど、」というのを聞いて思い出したことがあった。 サルサ だ。

  ***    ソースのサルサではなくて、ラテン・ダンスの サルサ です。  ***

 前に、サルサを習っていた時、本場、ニューヨークからプエルトリコ系のアメリカ人のサルサの先生、ラウール(私より、かなり、若い・・・)が2週間だけ、そのスタジオに来た時に、相談したことがあった・・・。サルサを初めて半年位の時だっただろうか~。 私は、ラウ~ルからは、サルサじゃなくて、プライベートレッスンで、ルンバと タンゴをその時、習ったんですが、前から気になって事を相談してみた・・・。

「サルサの時、もっと、手を(腕を) リラックスして~ ってよく言われるんだけど、これ以上、どうやって 力を抜いていいのか解からない・・・どうしたらいいのでしょう?」

~~ 私は、社交ダンスをその前にやってたせいか、”力抜いて~” ”リラックスして~”と言われても、力を抜ききってしまうと、相手に引っ張られたり、振り回されそうで (たしかに、ぐるぐる回されたりするけど)、ある程度、自分の腕に力を入れて相手に抵抗している方が、ぐらぐらしなくていい、と思っていたせいか、どうしても、力が抜けず、私を教えるロボ(インストラクター)は、いつも、「Relax~」の連発!私が力を入れていると、私を回せないのだとか・・・・。それでも、ロボと踊るのは慣れてきていて、ロボのリードもくっきりはっきりで好かったのだけど、他の男の子達と踊る時は、気になっていました。で、ラウールのお答えは・・・

賢い女性ほど、そういう悩みを持っているみたいだね。 LAや NYCでも、キャリアを持ってる女性ほど、難しいんだ、サルサで 相手に ”任せる”っていうのが出来ない。自分がコントロールしたがるからね。仕事ができる女性は、何でも自分でできちゃうから、男に従う必要ないだろ?!でも、そのうち慣れるよ、相手を信用すれば、、。 」 

 自分に自身がある、賢くて、何でも自分でできてしまう女性ほど、男性のリードに まかせて 身をゆだねて踊るのが苦手・・・なのだとか・・・。

   ***  :もちろん、賢い 仕事のできる ダンスの上手な 女性も多いことでしょう。  *** 

で、結果は: ラウールが 私の手を取って、サルサ風にちょろっと 私を回してみたりして、問題ないと言ってくれたので、一安心したのでした。 後に、日本の ある老舗スタジオで、日本では先駆者的な先生にお相手していただいた時、その”力をぬく”ことは、できていたみたいで、大丈夫といわれたので、自分ではクリアできたと思っているが、一時期は、どこまで 力を抜くのがいいのか、どうやったら、男性のリードに負担にならないようにできるのか、私が力を入れていると リードしにくいと、よく言われたので、(抜ききったら、相手のリードもわかんなくなるよ~って思ってた・・・)真剣に悩んじゃってました。 

 それが、物理的というよりも、心理的な作用の表れだったわけだけど、理由が解かったことで、安心するもので、おかげで糸口がみつかり、その後、気が楽になったし、力も抜けたのだと思います。あ、念のために申し上げておきますが、私は、自分をLAやNYCのキャリアウーマンの方々のように ”賢い・できる女”であると思っていたわけでもなし、ここでそう言いたいわけでもありません、ただ、"男に頼れない" とか、そのパートナーを 信用できない、とか、自分で自分のことはやれるわ、って思っていると、パートナーを組むようなダンス、特に、サルサのようなものは、自分のステップをどうのこうのとシャドウで練習するような社交ダンスとはちょっと違っていて、リードに流される(?)方がいいので、確かに私にもそういう(自分と相手は同等だから、私をコントロールしないで、みたいな・・・)傾向はあったので、ラウールに言われて、な~るほど、、、と目からウロコ、、だったんです。 あ、でも、私、自分が心を許せる相手には、とても素直に流されます。

『聡明なものほど、変るのが難しい』 チャングムで、これを聞いた時、なぜか、ラウ~ルの『キャリアウーマンは、相手に頼ることが難しい、、』といったのを思い出したというわけです。 これを読んでおられる貴女、貴方、心当たりはありませんか~?!           

  == おしまい ==